第11話「壊れた歯車」2—1

 人目を盗み、そそくさと屋敷の廊下を抜ける。屋敷の中でも一際人影の少ない場所に、それはあった。

 レイン家の屋敷は古く、それは時計塔や図書館と並び、王国時代からこの地に居座り続けている。上層階級の貴族であり、王国に仕えていた。その名残が今に続き、屋敷は当時の威厳を示した広大さを誇っている。

 それ故に、この屋敷には人手の薄い場所が点在している。その一つが、クレアの目の前にある、重々しくかしの扉に閉ざされた部屋だった。

「……っ」

 再び周りの様子を確認するなり、重い扉を開け、足早にその奥へ消えていく。

 いささかカビ臭さが鼻を掠めるが、そんなことはなんのその、ステッキを手にすると慣れた手つきで扉脇にあるランプに明かりを灯す。壁に設けられたランプにも火をけると、ようやく部屋の中を見渡せる明るさになった。

 そこは、調合部屋だった。いささか古い調度品に、作業テーブルに並べられた機材。かつてはここに仕えていた魔法調合師か錬金術師が使っていたのだろうが、今はここを使う者は居らず、その機能を失っている。機材もその当時のものが残ったままになっていた。

 それに目をつけたのはクレアだった。この誰も近づくことのない場所にある調合部屋で、クレアの行動は密かに行われていた。

 ――カレン様を私のお側に……。それが全ての始まりだった。

 カレンの作り上げた魔法薬。長く辛い苦しみを一切してくれた。そのおかげで、今を生きている。

 彼女は命の恩人である。自分のことをもっと見て欲しい。自分だけのカレン様になって欲しい……。

 彼女の行動は留まることを知らない。病から快復し、その想いを強めていった末、クレアはある薬の存在を脳裏にひらめかせていた。

 媚薬である。かつて、まだ病に倒れることが少なかったころに、一度特別観覧室を訪れ、書物を読んでいたとき、その記述を目にした。それを思い出し、再びその書物を参考にして、自ら調合に乗り出したのだ。

 しかし、クレアは魔法調合が得意ではない。学園の出席回数も少ない彼女は、その成績もあまり目立つものではなかった。だからと言って、シャロンにこれを作らせては意味を持たない。

 これは自分がやらなくてはならない。今まで何一つ、自ら何かをやったことがない。だから、これだけは譲れなかった。その信念を抱え、シャロンの部屋から材料を持ち込んでは、数多あまたの失敗を繰り返し、その末に媚薬を完成させてしまっていた。

 今まさに、その完成された媚薬が、調合台の向こうにある棚に並べられている。シャロンが買い出しに行っている間など、一人になれる時間にここへやってきては、密かに薬の制作に勤しんでいたというわけだ。

 静かに棚からビンを一つ取り出し、コルクの蓋をこじ開ける。ツンと鼻を突く独特の臭いに顔をしかめては、鼻をつまんでそれを一気に喉へと流し込んだ。

「うぐ……っ!」

 その、この世の物ならざるとてつもない味に、思わず嗚咽を漏らしてしまう。腹の底にズンとくるような感覚が襲う。そして徐々に身体中が熱を帯び始めた。

 鼓動が高まり、動悸どうきが激しくなる。吐く息は熱を帯び、手に持ったビンを滑らせてしまう。ガシャリと割れるのも気にすることなく、熱い息を吐いて、調合台のイスに腰を降ろす。

 じわじわと身体中に熱いものが広がる。くうを掴んでいた左手が、自らの胸に宛行あてがわれる。年端もないながらも、育ちの環境の良さか、少女の手にはあまるくらいの膨らみがあった。

 徐にいじり始め、感触を味わうように、その快感を探り出す。衣服の上からでもいささか感じ取れる突起を見つけるなり、転がすようにもてあそぶ。

「は……ぅっ、あ、ふぁ……っ」

 意識とは関係なく、口からこぼれ落ちる吐息に、喘ぎ声が混じる。吐く息は熱く、今にも体が燃え上がりそうだ。

「カ……カレン、さ……まぁ」

 己が求める快感に身を委ねてしまう。行方をなくしていた右手を、下腹部へと滑らせる。綺麗に召した服も乱れ、スカートをたくし上げては、そっとその奥に潜む物へと手を伸ばす。

「ぅあっ! あっ、ふぅう……」

 在りつく先には、熱気を持った布物が指先に当たった。突如身を襲い込んだ刺激に、思わず声を上げてしまう。それを求めるように、やさしく触れ、すでに湿り気を帯びた下着に指を滑らせる。もう止まらなかった。指が勝手にそれ以上を貪り、歯止めが効かなくなってしまってしまう。

 ここ最近、薬を飲用する度に、カレンを想い、繰り返されることだった。

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