第11話「壊れた歯車」1—2
「で、でも、どうしたんですか?」
奥の部屋にある休憩室に案内し、テーブルのイスにシャロンを座らせ、その突拍子もない一言に、カレンは思わず意見を求めていた。
「突然のことで大変申し訳ございません。……弟子にしていただきたいと言いますのは、カレン様がお作りになられた、クレア様の魔法薬のことです」
「あ、はい……」
「カレン様のお力で、クレア様の病を治癒して頂き、心より感謝しています」
それは本心からの言葉だった。クレアを助けてくれたカレンには恩を感じている。再び頭を深く下げる。
「いえ、頭を上げてください。それは……本来であればシャロンさんが作るものでしたし、私たちはお礼をいただく立場では……」
「ですが、私にはあの薬を作ることができませんでした。私には、何が不足していたのか、分からないのです。カレン様にお渡ししました、私の調合手順は、正しかったのでしょうか……?」
クレアの診断を元に、依頼を正式に取り交わし、いざ薬を作り始めようとしたときのことだ。その帰り際に、シャロンからクレアの治療薬のレシピを渡されていた。クレア様のことをお願いいたします、と……。
そして、カレン達はそのレシピを基に薬の調合を行った。シャロンの作り出した薬のレシピは、技術的に非常にレベルの高いもので、修正を施すような箇所もなく、その通りの工程によって完成させることができた。診断から薬の完成までの時間が早かったのは、シャロンのレシピなしではあり得なかった。
「私たちも、シャロンさんのレシピがなかったら、これほど早くは作れなかったと思います。それに、シャロンさんのレシピは、完成度が高かくて、私も勉強になったし……」
「で、では、私はなぜ、完成に至らせることが、できなかったのでしょうか……?」
当然ながら、彼女が作り上げたレシピだ。無理な方法が記されているわけでもなければ、これほどレベルの高いレシピを作るくらいだ、彼女の調合レベルが低いとは思えない。
シャロンの視線が落ちる。変化の少ない彼女の表情が、暗みを帯びていた。
――そんな表情を、どこかで見たことがある。
「シャロンさん、確かあなたは……魔法学園を主席で卒業していましたわね?」
カレンが彼女の様子を窺っている脇で、黙り込んでいたシエルが口を開く。いささか不機嫌さを帯びたように、その言葉には皮肉のような雰囲気があった。
「カレンだって、魔法薬を完成できたのは、単に技術があるからではないのですよ?」
「そ、それは、どういう……ことですか?」
「今までの積み重ねが、今を作り上げているのです。それは、確りとやるべきことを見据えていたからなのですよ」
「やるべき、ことですか……?」
「えぇ。シャロンさんは、薬を完成させなくてはならないと、焦っていたのではないですか?」
思い出した――以前のシエルと同じだ。
焦っている。シエルも母親の言いつけを守り続けようと、魔法調合に没頭し、その技術を上げる努力を行ってきた。
アトリエリストを継ぐこと――それが、母であるルフィーからの言いつけだった。
錬金術の研究工房として構え、今やこの街の機能の一つとして支えるほどの機関となっている。そして、母親は錬金術師の称号を持つ。それが、シエルに大きなプレッシャーを与えるには、十分すぎるほどのものである。
それが故に、彼女は大きな焦りを感じていた――カレンを敵視するほどに。
「もう少し周りの人に頼ってみるのも大切ですよ。ね~、カレン!」
そう言うなり、立ち上がってはカレンに抱きついてみせる。会う度にカレンを拒絶していた一時のライバル関係もどこ吹く風か、今や会う度に抱擁してカレンに溢れんばかりの愛情丸出しである。どれもこれも、カレンに同じことを言われ、わだかまりも晴れたからだ。
「……!」
そんなシエルの恥ずかしい行動を見るなり、シャロンが驚いて頬を赤く染める。思ったより仏頂面を持っているわけでもなく、表情は豊かなようだ。
「シ、シエル! シャロンさんの前だよ……っ」
「別に良いじゃない、減るものでもないし。それに、これからシャロンさんはカレンのお弟子さんなのよ?」
「え!? で、では、弟子にしていただけるのですか!?」
シエルの思わぬ言葉に、シャロンは無意識に席を立ってはそう聞き返していた。
「はい、こんな私でよろしければ……」
「え、あ……ありがとうございますっ!」
立ち上がって手を差し伸べてくるカレンの手に、そっと手を添える。そんな暖かい手に、思わず三度頭を深々と下げるのだった。勢いありすぎてテーブルに頭を打ちつけそうだ。
「あの、でも、お弟子さんとか、そういうのはなしにしませんか? 折角こうやって知り合えたわけですし。私たちは、友達ですよ」
「は、はい、ありがとうございますっ!」
「でも、一つだけ条件があります」
またもやシエルが思わぬ発言をする。そう言い放つやいなや、カレンを深く抱きしめるなり、いささか不服そうにこう言った。
「カレンに手を出したら承知しないわよ!」
「シ、シエル!」
何を言い出すかと思えば案の定。カレンは耳まで真っ赤にしてしまう。
「は、はい……」
そんな様子を見るなり、シャロンもまた頬を染めてしまった。これからどうなることやら、更にお店が賑やかになることは間違いなさそうだ。
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