第10話「想いのかたち」3

 その日、ファーマシー向かいのライム雑貨店は、いつもと違っていた。

 当然ながら、大きな魔力の消費によって体調を崩したルミは、昨日無事に退院したルフィーの看病を受けて、自宅療養中である。

 マジカルファーマシーはいつもの通り営業を始めている。ティンが接客の為にカウンターに控え、調合部屋ではリーナを迎えてシエルとともに調合を開始していた。

 して、ライム雑貨店はというと……。

「いらっしゃいませ!」

 久しく店頭に立ち、いささか緊張しつつも丁寧に対応するのは、マジカルファーマシー店長のカレンだった。いつもはルミが陣取っているカウンターに控え、雑貨店の営業を開始させていた。

 当然ながら、ルミとしては店長の兄も留守、負傷の身では開店させるわけにもいかず、今日は店を臨時に休業させるつもりだった。

 しかし、カレンが自らの店をシエルに任せ、ライム雑貨店を開店させているのにはそれなりに理由があった。

「ほら、ルミちゃんのお店がお休みのときには、いつも手伝ってもらってるし、今日は私がお店に入るよ」

 というわけで、ルミをルフィーに預けて、ライム雑貨店を開店させているのである。

 しかしいかんせん、他の店を経営するのには勝手が違う。並ぶ商品は日用雑貨。いつも買いに来ている魔法薬の材料以外に、ルミが特にお気に入りのフルーツジャムや紅茶の葉はさすが種類が多く、他には文房具やアクセサリー、下着もあればぬいぐるみやタオルなどの布製品を取り揃えている。更には、何に使う分からない品物さえある。改めて見てみれば、商品数はマジカルファーマシーとは比べ物にならない。

 何はともあれ、いつもルイが行っているマネージメントに関して手を出すのを控え、販売をメインに行うこととした。今日の分の報告を閉店後に纏め上げて、ルミに渡せば大丈夫だ。

 雑貨店の手伝い自体は、自分が店を持つ前まではよく手伝っていたので初めてではないが、一手に引き受けたのはこれが初めてだ。これをルミがこなしていると考えると、凄いことだと思わされた。

 今日は頑張ろう! 張り切って雑貨店の販売に励んだ。


 次々と出入りするお客様に対応していると、見知った顔が来店する。その手には、三軒隣のパン屋の袋が抱えられ、彼女は満面の笑みを見せてこう言ってきた。

「カレン、そろそろお昼の時間よ」

 まるで彼氏を昼食へお誘いにきた女の子のように、カレンにすり寄ってその腕に自らの腕を絡ませるのはシエルだった。紙袋が二つあるところを見ると、ここで一緒する魂胆だろう。

 いつの間にか、お昼の時間になっていたようだ。いつもと違う仕事をしていると、時間が過ぎるのを忘れてしまいがちだ。もしかしたらシエルが来なかったら昼食も取り損ねてしまっていたかもしれない。

「もうそんな時間だったんだ。うん、じゃ、お昼にしよう」

 丁度お客さまもけたところだ、何はともあれ腹ごしらえしなくては。ルミのエプロンを外すと、表にかけてある看板をオープンからクローズに返そうと、出入り口に近づいた。

 しかし、カレンが取っ手に手をかけようとしたとき、突然ドアが開かれる。表からの押し扉がカレンに向かってきた。それに気づいたときには反応できず、カレンはそれにぶち当たっては突き飛ばされてしまう。

「ふえぇ~、痛いよぅ……」

「カ、カレン!? もう、何やってるのよ」

 座り込んで額を抑えるカレンに、慌ててシエルが駆け寄って、手を当てては患部をさする。相変わらずカレンはドジッで、シエルはまるで世話女房だ。

 そんな一連の様子を、ある女性が見下ろしていた。純白のカチューシャを飾り、黒いロングスカートのメイド服に身を包んだ、灰色を帯びた色の長い髪を持つメイドさん。

 その端整な顔つきは、いささか驚きの表情を見せるも冷静さを併せ持ち、ドアで突き飛ばしてしまったカレンに近づいて、物腰丁寧に謝罪を口にした。

「大変申し訳ございません。おケガはありませんか?」

「あ、はい、大丈夫です……。え? あ、あなたは、シャロンさん……?」

 クレアの屋敷のメイドで、彼女の側近を務めているシャロン・フレデリカだった。彼女とは、以前クレアの症状を診断するために、屋敷を訪れた際に会っていた。

 その時、シャロンからこんなことを言われていたのを思い出す。

 ――私には、クレア様のお薬を作ることができませんでした。クレア様のことを、お願い致します。

 そう、彼女もまた魔法調合を行っている。クレアの病を治癒する為に魔法調合師を兼任し、レイン家のメイドとなったのだ。

 しかし、彼女には魔法薬が作り出せず、執事の意向でカレンに依頼をすることになったという。

 シャロンとしても無念だっただろう。自分のなすべきことを、同業者のカレンに頼むことになってしまうとは……。

「あの、シャロンさん……どうしたんですか?」

 カレンとしても、そんな理由のために、いささか会い辛い人もであった。立ち上がっては服装を正すなり、恐る恐る伺いを立ててしまう。

 カレンの様子を構うでもなく、シャロンは無表情に近いいつものきりりとした表情を見せ、カレンに視線を合わせてじっと見つめてくる。正直そんな何を思っているのか分からない表情に、恐怖を覚えざるを得ない。

 それを見るなり、シエルがカレンの傍に寄り添って、シャロンの出方を待っていた。

「カレン様」

「は、はい!」

「このシャロン・フレデリカを……」

「……」

「弟子にしてくださいっ‼︎」

 ほんの一瞬だけ、店内に静寂が訪れる。シャロンは腰を折って深々と頭を下げ、そんなことを言ってのけた。

「「えぇっ!?」」

 思わず二人で驚いてしまう。一体どういうことなのだろうか? シャロンは頭を下げたまま戻そうとはせず、静かに肩を震わせていた。

 シャロン自身にとっては、強い覚悟を持ってのことだった……カレンへの弟子入り。


 ――この時、既にその歯車は、狂い始めていた。

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