第10話「想いのかたち」

第10話「想いのかたち」1

 辺りが静まり返る深夜。

 それ以上に魔力の支配する重い空気が、公園を覆い尽くしていた。

 でき上がったばかりの素敵なステッキを構え、その矛先を生来の親友に向ける。ピリピリと神経を刺激するような緊張が、微妙な空間を作り上げていた。

 そして、数百年の歴史を見つめて来たエリス時計塔が、深夜の十二時を指す。長針の進む音が鳴り響き、公園の空気が一気に上気し始める。

「カレン、行くわよっ!」

 その静けさを打ち破ったのはティンのほうだった。すぐさまステッキを掲げ、魔力を開放させる。そして、緩やかに風を誘発させ、とぐろを巻くようにその魔力をステッキに集中させた。

「あんたの想い、見せてもらうわよ」

「……っ!」

 素敵なステッキを構えなおし、カレンもその腕に力を入れる。有りっ丈の魔力をクリスタルに向けて放出させる。そして、反応を見せるクリスタルに同調させていく。

「私だって、負けないんだからっ!」

 勢力を帯びた魔力同士が公園の空気を捻じ曲げ、激しくぶつかり合う。そのせいか、空間の歪みが始まり、辺りが薄らと光に包まれた。

 もしその場を人が見ていたら、光のステージができ上がっているように見えただろう。

「喰らいなさいっ!」

 その一陣を切り裂くように、ティンの声と魔法が放たれる。

 ――一気に蹴りを付けるっ!

 渾身の魔力をかけた一撃を繰り出す。クレアに放った魔術よりは劣るが、間違いなく家が一軒吹き飛ぶほどの威力を秘めていた。

 まるで周りの魔力を吸収していくようにそれは膨れ上がり、カレンへと突進していく。その威圧感、そして、これがティンの魔術――そう考えると、彼女の魔術師としての力量が、素の自分では敵いっこないと、痛いくらい思い知らされた。

 思わず足がすくむ。生来の親友であるティンが、本気で自分に向かって来ている。彼女の意志の現れであるのは理解できるが、まさかかつてのクレア宜しく、再起不能にさせるつもりなのだろうか……。

「ま、負けないもんっ!」

 しかし、だからといってそれに怖気づいている場合でもない。ようやく同調を完了させたステッキを大きく振りかぶる。クリスタルに充填された魔力が、まるで体に入り込んで来ているかの如く、魔力が体中に満ちていくのを感じた。これなら、負けない気がする。

 それを信じ、カレンは力いっぱいそれを振り下ろした。

「――っ!?」

 しかしその次の瞬間、素敵なステッキのクリスタルが唸りを上げた。周りの風を巻き込み、一気に魔力が集中し始める。明らかに膨大な力が渦巻き、ピリピリと感じる強大なそれに、カレンは恐怖心を抱いた。

 そして、それを暴発させるように、大きな風刃が生み出される。その意外なほどの大きな反動のせいか、カレンの体が大きく傾いで後方へと吹き飛ばされてしまう。

 放たれた風刃が、空を激震させ、破壊的な音をとどろかせて、迫り来るティンの魔術を切り刻んでは呆気なく発散させてしまった。

「ど、どういうことよ!?」

 何より驚いたのはティンだった。実際、これで答えが出ると踏んでいた。何より病み上がりの体からしぼりだした魔力での一撃、身が持つはずもない。手足が震え、もはやまともに立ってはいられなかった。

 徐々に気が遠くなる。しかし、目の前に見えるのは、カレンの放った風の刃だった。

 ……もしかしたら、クレアが見た私の一撃って、こんなだったのかしら?

 ぼんやりとそんなことを考えてしまう。いつの間にか、ティンの目に涙が零れていた。

 ……私の負けなのね。

「危ない、ティン!」

 意識が薄くなっていく中、そんな声が聞こえる。カレンが必死になってこちらに駆け寄ってきていた。

「ティン、逃げてっ!!」

 ティンの体が大きく傾く。それに向かってカレンは飛び込んだ。そして、彼女の体を抱きしめるなり、大きく地面を転がり地に伏せる。

 寸での差で、ドォーン! という音が背後から聞こえてくる。まさにティンが立っていた場所へ、風刃は一身を投じていた。間一髪のところで、避け切れたようだ。

 揺れが収まるとともに、辺りの光が消え去り、ガス灯の光に照らされる。今まで張り詰めていた緊張感や魔力は消え去り、公園は元の静けさを取り戻していた。

 まさかこれほどの威力を持つ魔術が発動するとは思わなかった。カレン自身、ティンの一撃を打ち消す為に一か八かで放った全力の一撃だったが、もはやあれは魔力の暴走のような物である。

 これほどまでに力を引き出すことができるなんて……。機械の原動力として機能するクリスタルの威力こそ、まるで何かの兵器にも似た物がある。そして、あの一撃を放ってもなお、魔力を未だ保持している。

 こんな物でティンを攻撃していたなんて……背に冷たい物を感じてしまう。

「ごめんね! ごめんね、ティン! 私、まさかこんなことになるなんて……っ」

「ううん、いいのよ……。私がこんなことをしようとしたのが悪かったのよ。私のほうこそ、悪かったわ。ごめんね、カレン……」

「ティンをこんな目にわせるつもりなんて、なかったのに……」

「……あんたの想いは分かったわ。私の負けよ」

「そ、そんな! 私はステッキを使ったから。――ううん、違う、違うよ」

 静かにそう言いつつ、そっとティンの体を抱きしめる。

「私はティンのことが、大好きだから」

 徐に顔を近づかせ、ゆっくりと、優しく、その唇に自らの唇を重ねる。柔らかい感触、暖かい温もり。生来からいつ何時も離れたことはない。ケンカして離れることもあったけど、お互いを嫌いになったことなんてない。ずっと想い続けていた。こんな形で、想いを打ち明けることになるとは思わなかったけど……。

「カレン……。私も大好きよ」

「これでおあいこでしょ?」

「……バカ」

 カレンの思わぬ一言に、顔を火照らせてそっぽを向いてしまう。いつもの通り、やっぱり素直じゃないティンだった。

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