第9話「それぞれの気持ち」

第9話「それぞれの気持ち」1

 昼間の一件以来、ずっと想いを詰まらせていた。

 リーナに家へ連れられ、半ば無理矢理ベッドへ横にさせられた。頭は重く、安息を求めていた体を休めるには、それはそれで丁度良かった。

 しかし、そんなことを許しはしない。頭の中で脳裏を掠めては落ち着きをぎ落とす、ルイへの想い。彼のことが心配だ。でもそれ以上に、カレンに対して、どう接すればいいのか、そんなことばかりが思い浮かべられた。

 普通で良いんだと思う。いつもの様に接すればいい。頭では解かっていても、実際はそういう訳にはいかないようだ。

 カレンの心中を知る者としては、自分の想いは益々膨れ上がる。眠れるわけもなかった。

 ステッキを構える。いつの間にか、カレンに対し、その矛先を合わせていた。

 ――話す。そして、決着を付ける。

 彼女が迷い抜いた末に、出した答えだった。不器用な自分には、こんな答えしか出せなかった。

「勝、負……?」

「そうよ。私と勝負しなさい」

「ど、どうして、そんなこと……」

 しなくちゃいけないの? ――カレンの表情がゆがむ。何かとても悲しいことを目の前にした、そんな表情。そんな顔見たくない。でも、これに決着を付けなくてはならない、それには変わらない。

「聞いて、カレン」

 その距離、緊張感を保ちつつ、静かにそれを口にした。

「私、ルイのことが好きなの」

「え……っ!?」

「カレンがルイのことを想ってるのは、知っているわ。でもね、あんたがぐずぐずしてる間に、私はルイに伝えることは伝えてあるのよ」

「――っ!?」

 ルミの兄であるルイとも、当然ながら幼なじみである。物心つく以前からの付き合いだ。カレンにとって、頼りになる優しい兄であり、すぐ身近に居る異性でもある。

 ――憧れだった、初恋の男性。

「だ、だからって、どうして勝負なの……?」

「譲れないからよ」

 強い視線が、射抜くようにカレンを捉える。向けられたステッキの矛先が、痛いほどに恐怖に思えてきた。

 譲れないからよ。自分だって、長年抱いてきたルイへの想いは譲れるはずもない。いつも守ってくれた――そう、あの時だってそうだ。


 初等部のころ、ルフィーのお使いを頼まれたシエルに誘われて、材料採取に街を出たことがあった。

 そのときは、クエン山で薬草を取りにいくことになっていた。ルフィーに見送られ、早速街を後にしてはシエルに連れられてクエン山を目指す。

 道中は他愛のない話をしながら、楽しく道を進んでいた。久しぶりに表に出られたことにはしゃいで、遠足気分だった。

 そして、クエン山に足を踏み入れ、自然道の傾斜を進み、薬草の取れるポイントへと到着した。がよく当たり、風が吹き抜け、エリステルダムの全景が見渡せて、とても感動したことを覚えている。

 素晴らしい景観を目の前に、休憩をしようと木陰に腰を下ろしたその時、何かが茂みの奥から駆け寄ってくる足音が飛んできた。

 そのころ、クエン山にはよく狼が現れるという話が商店街の中で流れていた。例によって噛みつかれるなどの実害が出ていたことで、そんな噂が流れ始めたのは当然のことだったろう。

 しかしながら、そんな噂もどこへやら、カレンとシエルにそんなことが分かるはずもなく、彼女たちの目の前に、奴はそのおぞましい姿を晒してしまう。

 それが飼い馴らされた犬であるならば、二人も疲れを忘れてたわむれたことだろう。当然ながら、狼の醸し出す狩猟的な威圧感に、危機を感じずには居られなかった。

 そんな中、カレンもシエルもまだ実践魔法が使えるわけでもなく、戦うすべなどありはしない。彼女たちは只々恐怖に襲われていた。

 もつれる足を何とか動かすもうまく逃げることができず、その場に尻餅を着いてしまう。そんな半べそを掻いて放心状態のカレンを置いて、シエルは高みに向かって一目散に逃げ出してしまった。

「シ、シエル――――っ!」

 カレンの悲痛な叫びすらもはや届かぬところに、すでに逃げ切っていた。

 ――どうしよう、どうしよう!

 低く唸り、威嚇いかくの声を上げる狼に、狼狽して行動の取れない状態に、なおも混乱してしまう。

 狼は相手に戦闘能力がないことを察したか、その瞬発力で一気に距離を縮めてくる。今にも喰らいつき、肉を引き千切らんと迫ってくる。

 しかしその時、カレンはふと浮かんだ言葉を、必死に声へと変えていた。

「ルイお兄ちゃん助けて――――――――っ!」

 ドォ――――――――――――ンッ!!

 突然響き渡る轟音と共に、一瞬にして辺りが強い光に包まれた。一体何が起こったのか、訳も分からず思わず目を閉じてしまう。

 徐々に視界から光が消え去るころ、視力が戻るにつれ、カレンはようやくことの次第を理解した。

 へたり込む自分の目の前には、こちらに背を向け、右手でステッキを前方にかざし、大きく肩を上下にしては乱れた息を吐き続ける、ルイの姿があった。

 襲いかかってきた狼に向かって、魔術を放ったようだ。狼はそれを食らってか、彼のすぐ足元で気を失い、横たわっていた。

「大丈夫? カレンちゃん」

 徐に振り返り、彼は手を差し伸べて無事を確認してくる。

 そんな姿に、手を取るでもなく、思わず彼を見上げて見つめてしまう。

 どこも痛くないし、手足や体は無事だ。自分は助かった。その手を伸ばし、ルイの手を握り、立ち上がる。

「間に合って良かったよ。狼が出るって聞いたから、追いかけてきたんだ」

 そんな言葉を聞いて緊張が途切れ、堪えていた物が一気に溢れ出てしまう。思わずルイの胸にしがみついて、泣きじゃくってしまった。怖かった以上に、それを助けてくれたルイがうれしくてたまらなかった。


 それ以来、ルイの存在が自分の中で大きくなってきていた。あの時、ルイに助けられなかったら、自分は大怪我では済まされなかったかもしれない。

 それ以上に、彼に絶対的な信頼感が芽生えた。それが、彼への想いへとつながっている。

 その想いなら、誰にだって負けない。これだけは、譲れない。

 しかし、正直勝負なんてしたくはない。生来から身近に居た姉妹のような存在のティンと、こんな形で腕を交わすことになるなんて思ってもみなかった。いや、思ったことなんてない。

「お願い、ティン。勝負だなんて、そんなこと、やめようよ。私はそんなこと、したくないよ……」

「あら、そう。なら、あんたのルイへの想いは、その程度ってことね?」

 呆れるような仕草に言葉を吐き捨て、ステッキを下ろしてテーブルに置いてしまう。そんな彼女の態度に、いささか憤りを感じてしまう。

「……っ」

「分かったわ、勝負するまでもなかったわね」

「どうして……」

 いつの間にか握り締めていたステッキが、力みに震え上がる。沸々と胸の奥から膨らみ出した感情が、そんなティンの言葉に頭をもたげかけた。

 そこまで言われて、さすがのカレンも黙っていることはできなかった。

「どうしてそんなこと言うのっ!? 私だって――私だってルイお兄ちゃんのこと大好きなんだからっ!!」

 素早くステッキを構え、目の前に居るティンにその矛先を定める。ティンが相手だろうと、自分の想いをけなされたくはない。これは自分が初めて持った「人を愛する」という感情。

 只ならぬ雰囲気を醸し出し始めるカレンから、まるで今まで溜め込んでいた物が開放されるかのように、魔力が辺りを支配し始める。

 そんな様子を見て不敵な笑みを浮かべ、ティンは自分のステッキを手にし、何も言わぬまま出口へと向かう。

「公園まで来なさい。決着はそこで付けるわよ」

 去り際に振り向くでもなく言を残していく。

「……」

 一人になったリビング。シェリーは床に就いたのか、家の中はシンと静まり返っていた。

 でき上がったばかりのステッキを見つめる。赤く光を放つクリスタルが、自分の解き放った魔力に反応を見せていた。

 ――ルイに伝えることは伝えてあるの。

 いつもそんな素振りを見せたことがなかったティンが、ルイを好きだったなんて思いもしなかった。

 ルイに告白したと言っているに違いない。かく言う自分は未だにその想いをルイに伝えたことはなかった。いつも一足を踏み出すことができず、いつものように接してしまう。

 でも、今日はそんな悠長に踏みとどまってなんかいられない。

 自分のルイへの想いを示す為に、公園へ行こう。そして、彼女と決着を付けて、自分の想いをルイに伝えなくちゃ!

 強く意を決し、カレンは家を後にした。深夜十二時まで、あと数分のことだった。

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