第8話「もう一つの決着」2
「そ、そんな……」
その報告を聞いたのは、ルミのことを呼びに彼女の家を訪れたときだった。
アトリエリスト前での戦闘。シエルを狙い、アトリエを襲い込もうとしたクレアを、ティンとルイが必死に阻止したという。
ティンは戦闘時、クレアに大きな魔術を使って気を失ってしまい、シエルの部屋のベッドに横になっていたが、既に目覚めてアトリエを後にしたらしい。
しかし、戦闘の際にルイがクレアの攻撃を受け、彼は今尚昏睡状態にあるという……。
そんな話をルミから聞かされるなり、カレンとシエルは表情を硬くし、蒼白させていた。
「ル、ルイお兄ちゃんまで巻き込まれるなんて……っ」
「私を狙うのはともかく、ルイさんまで手に掛けるなんて、許せないわ!」
「うん。……でも、ティンちゃんが大技を使って、クレアさんを追い返したみたいだし、お兄ちゃんの仕返しはしてくれたみたいだよ」
ルミの表情は酷く落ち込んでいる。大好きな兄が、ティンやルフィーのように倒されてしまった。静かに目を閉じて、人形のように横たわる姿を見て、ショックを受けないわけがない。
でもルミは、意思を強く持ち、自分に課せられた使命を遂行することに意を決めた。犠牲になってしまった兄の為に、今すべき事は急を要する。
「だから、クレアさんが倒れている今のうちに、道具を完成させなきゃ!」
ルミの部屋のテーブルに広げられた、可愛く仕立て上げられた服――魔法繊維の生地とクリスタルで作られた魔法防護服だった。
ピンク系のカラーをベースに、セーラー服をモチーフに仕立てられ、白とピンクのチェック柄のセーラーに赤いリボン、お揃いカラーのフリル付きの巻きスカート、七分丈の独立した袖に、赤いグローブ。
胸元のリボンを留める部分には、クリスタルが取り付けてある。ルミのお手製であり、確りした作りになっている。この短期間に仕立て上げたところを見ると、得意の裁縫の本領を発揮したようだ。
「うん、そうだね! ……それでなんだけど、ティン、どこ行ったのかわかる?」
ルミが聞いたリーナからの話によれば、彼女はクレアを追い返す為に、大きな魔法を使い、そのせいで気を失ったという。病み上がりの体に大きな負担をきたしたのだろう。しかし、ルミはルイの部屋から飛び出していった彼女の姿を目撃している。
何となく気まずい。雑貨店にあった薬を持ってルイの部屋に入ったときに、ティンが眠り込んだ兄に唇を重ねていたことを思い出す。
……や、やっぱり、そういうことだよね……。
目撃してしまったことを知った時のティンの顔ったら、今まで見たことないほど真っ赤になって、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。そして、一目散に部屋を飛び出してしまった。
さすがに言えるわけもなかった。
「え、あ、う~ん、どこに行ったんだろう……?」
と言うか、そんな現場を目撃して、動揺していたのはティンなんかよりもルミ自身だった。
今まで何の素振りも見せなかったティンが、実はルイのことを好きだったなんて……。ある意味、兄が昏睡状態になったことと同じくらいショックだった。
ルミの暗がりにはそれも含まれている。
そんな苦笑いを浮かべるルミに、シエルは答える。
「でも、ティンが目を覚ましてるとしても、これ以上に負担をかけさせるわけにはいかないわ。私たち三人で何とかしないと」
「え? 何をするの?」
「うん、クリスタルに魔力を補充するの。私たち二人の魔力じゃ足りないみたいで、ルフィー先生からルミちゃんとティンも一緒にやればうまくいくって言ってたから」
実は言うと魔法防護服を担当していたルミも、仕立てを完成させてはいるも、それ以上の仕上げには至れてはいなかった。理由は、カレンたちと同じだ。クリスタルに魔力が補充されないことにあった。
ルフィーに聞きに行こうと思っていたら、既にステッキ担当の二人がその解決法を聞きつけていた。これで完成に持ち込むことができるかもしれない。
「じゃ、早速やってみよう!」
ルミの掛け声に一同頷き合う。これが完成しなければ、自分たちに勝ち目はない。ティンやルフィーなど強い魔力を持つ人たちが居ない今、自分たちが何とかしなくてはならない。
テーブルの上に素敵なステッキを置き、それを取り囲むように三人はスタンバイした。かつてカレンが母の呪縛を開放する薬を作るために、インサルトの森にあった湖の水を暖める時と同じような緊張感がある。あれから自分たちがどれくらい成長したのかが、問われるかのようだ。
「みんな、行くよ!」
「うん!」
「いいわよ!」
それぞれステッキに向けて両手をかざし、魔力を放出する構えを取る。次の瞬間、三人の魔力が部屋の中を徐々に満たしていき、その流れが徐々に強くなっていく。
圧迫されるような気迫。額に嫌な汗がにじんできた。放出する魔力はクリスタルに吸い込まれていく。まるで水を得るスポンジのように、次々と三人の魔力を吸い取っていくかのようだった。
その膨大な取り込みの量に、カレンの足が揺らいでしまう。正直辛い。目の前がかすみ、少しでも気を緩めるものならば意識が遠のいてしまいそうだ。
「カレン、がんばって!」
悲鳴のようなシエルの励まし。それに意識を取り留め、足に力を入れる。シエルだって辛いはず。表情は見るに辛そうな表情を浮かべている。ルミだってそうだ。
そうだ、これは自分の戦いでもある。カレン自身、クレアと対峙して決着をつけなくてはならないことだ。逃げてばかりは居られない。頼ってばかりは居られない。
気を強く持ち、体勢を直しつつ徐々に魔力を強くする。
徐にクリスタルが赤みを帯び始めた。魔力が充填されてきたようだ。
「ご、ごめんなさい! もうダメ……」
そう吐き出すなり、シエルは目を回して倒れ込んでしまう。魔力の放出に限界が来たようだ。
「シ、シエル!」
それを見て慌てて駆け寄ろうとするカレンも、足に力が入らず転ぶようになし崩しに床に伏せてしまった。
「ふ、二人とも、大丈夫……?」
心配そうに二人に近づこうとするも、かく言うルミさえ激しい消費に身が保たず、イスにもたれかかる。
クリスタル一つにこれほどの魔力を必要とするとは……。さすがに機械を動かす原動力となるものである。溜め込む魔力も相当のものがなければならないと言うわけか。
三人は暫く動けずに、魔法防護服のクリスタルの充填は明日と言うことになり、回復次第、今日はこのまま解散となった。
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