第7話「束の間の時間」4
どこをどう走ってきたのかなんて覚えていなかった。
街の東に広がる公園。広大な敷地に草木が茂り、レンガ敷きの遊歩道や噴水広場があり、ゆったりするには格好の場所だった。
その噴水広場のベンチに一人、背もたれにもたれ掛かり、脱力したように俯きながら、ティンは何度目かの重い溜め息を吐き出す。
まさかよりによってルミに見られてしまうとは……。そんなことを思う度に、吐き出される息は重苦しい物になっていた。
「ルイ、大丈夫かしら……」
それでもルイのことが気になってしまう。薬のおかげで一命は取り留めているだろうけど、今でも脳裏に焼き付いて離れない、あの瞬間。思わずギュッと目を閉じて、拳を握り締める。悔しかった。ルイを巻き込んでしまったことに。
ルイの顔を二度と見られなくなってしまうんじゃないか……。そんな不安が、更に想いを込み上げさせる。
ルイのことを気に掛け始めたのは、人の姿を取り戻してからだった。
店番の関係で、今までとは違い、カレンとは別々に、一人での行動が多くなり始めていた。人の姿に戻ったことで、できる仕事は増えたので、カレンが忙しい分それを補足するのが役目だと考えてのことだ。
そんな中、ある日にライム雑貨店で材料を買いつけに行った際、目当ての材料が無く、クエン山に採取に行くことがあった。
そもそも店では手に入る代物ではなかったので、ルイにそのありかを尋ねに行ったというのが正確なのだが、危険が伴う可能性があると、その採取にルイも付き添いで一緒に行ってくれることになった。
カレンとは何度となく来たことのある山ではあるが、一人で足を踏み入れるのは初めてのことだった。正直道など不安ということはなかったのだが、暗闇が苦手なティンにとってはルイの存在は有り難かった。
「ティンちゃん、大丈夫?」
足場の悪い山道に、横を歩くルイが何度も尋ねてくる。
「だ、大丈夫よ。あんた心配しすぎよ!」
そんな気遣いを受けつつ、洞窟に入ったところで小石に足を取られ、見事に足を
「ほら、無理しないで。僕の背に乗ってよ」
そんなことを言って、しゃがんでは背を向けてくる。おんぶするということだった。当然ながら、そんなことしてもらうつもりはなく、慌てて抗議してしまう。
「バ、バカね! これくらい何ともないわよ!」
半分は気恥ずかしさだったかもしれない。勢い良く立ち上がっては踏み出して先を行こうとする。
しかし、ズキンと痛む足元が取られ、思わずうめき声をあげて再び地に尻餅を突いてしまう。もはや言い訳なんかできなかった。されるがまま、ルイの背に身を任せることとなってしまう。
なんだかんだで、何とかその材料を採取することができた。
その材料は
終始ルイの背にもたれかかりながら、材料採取は終了。雑貨店までの道のり、ルイに背負われていることが凄く気恥ずかしくて、ずっと顔をルイの背に埋めていた。そして店に帰るなり、彼によって足の治療を施され、しばらくは安静するように言い渡される。その日は何から何まで、ルイに世話になりっぱなしだった。
それからというもの、足の状態を時々店まで伺いにきては、その度に足の包帯を付け替えてくれた。
彼は足のケガが治っても、よく気にかけてくれるようになった。買出しから帰るときに、重い荷物を持ってくれたり、またクエン山の洞窟へ行く時は一緒に行ってくれたりと、色々としてくれた。
そんな彼の優しさに、惹かれていったのかもしれない。精霊の姿をしていたころは、そんな想いを感じたことはなかった。今まで、こんな風に自分に接してくれる人は――男性はいなかった。
それはカレンやシエル、ルミやリーナも同じ。みんな自分を友達として接してくれている。彼も同じなんだと思う。
でも、どうしても気になって、前に聞いてみたことがある。
「ねぇ、ルイ。あんたは私のこと……人間のままが、いいと思う?」
いつまた精霊の姿に戻るか分からないけど、そういったことが不安だったわけじゃない。純粋にルイはどう思っているのかを知りたかった。
「ティンちゃんは今のままが良いよ。普通の女の子と変わらないし……付き合いやすいよ」
照れくさそうに、そんなことを返してきた。思ったことを言ってるんだろうけど、そう言ってのけるのがルイらしいというか何というか……。
でも、その言葉に胸打たれたのは、否めることのできない事実だった。
ルイは優しい。それはカレン達に対しても同じかもしれない。それでも、そんなみんなと変わらず接してくれるルイに、惹かれてくのを感じていた。
「何やってんだろ……私」
目の前の噴水を眺めつつ、何度目か分からない溜め息を吐き出す。いつまでもここに居たって仕方ない。見られたら見られたで腹を
「はぁ~」
でも溜め息しか出なかった。思えば、ルイを慕っているのは自分だけじゃない。カレンも、そしてシエルも彼を気にかけている。それはそれでライバルができたようでならなかった。この先、道は険しいのかもしれない。重い足取りでファーマシーへと向かいだした。
これからが本当の戦いかもしれない――。
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