第7話「束の間の時間」3

 静寂を取り戻したアトリエリストでは、いまだにクレア対策の作業は続けられていた。

 調合部屋の片隅にある、地下シェルターへの階段。そこを下りると、もう一つの調合部屋があった。

 しかし、調合部屋とは名ばかりで、もはやそこは作業台のある物置き場のようになってしまっている。ルフィーが各地の貴重な材料を取り寄せていく度に、この部屋はその機能を失いつつあった。

 元々この地下調合部屋は、ルフィーが集中的に調合を行うため、外部からの遮断を目的に造られていた。その為か、店の前で繰り広げられた攻防は、彼女たちの耳には届いてはいなかった(ティンやルイを部屋に運んだのは、リーナから話を聞いたルミだった)。

 ではなぜ、彼女たちはわざわざこの狭く暗い地下調合部屋で、作業をしているのか?

「カレン……」

 シエルの囁かれた言葉とともに、彼女は背後からカレンの肩に抱きついた。

 そして、カレンの胸辺りをまさぐるように、その小さな膨らみの感触を味わう。カレンらしい、自分とは違う控えめな、手に程よく収まる果実。しかし、その弾力は確りと指を跳ね返し、女性のそれを形作っていた。どこまでもその感触を求めてしまいそうだ。

「あ、ふぁ……っ。ちょ、ちょっとシエル! こんなことしてる場合じゃないでしょっ」

 しかし、そんなことも束の間、顔を真っ赤にした愛しのカレンに一喝浴びせられると、おずおずと名残惜しそうにその身を離す。まぁ、つまり、単にイチャつくためにここに居るわけではない。

 外界からの情報を遮断する――つまり、クレアの襲撃を避けるために地下へと降りてきていた。ステッキの改良を行う為にだ。

「……カレン、私のこと、キライになった?」

「う……そ、そうじゃないよ、シエルのことは大好きだよ。でも、今はこっちの方が大切だよ」

 しょんぼりといった感じに、肩を大きく落としてしまう。そんなシエルを見ては、仕方なしにこう告げるのだった。

「もう、しょうがないんだから」

 苦笑いを見せつつも、シエルの肩に手を添えるなり、その唇にそっと口づけをする。そんなカレンの行動に、頬を染めて身を縮め込ませていた。

「いつからシエルは甘えん坊になったのかな……?」

「あ、甘えん坊って……カ、カレンがそうさせるんじゃない……っ」

 恥ずかしいところを突かれたように慌てて抗議を見せる。シエルのそんな仕草にカレンは優しく微笑んでいた。

 ――まぁ、それは置いておいてだ。

「どうしてこのクリスタル、魔法を溜めることができないのかな……?」

 ここに来て、大きな壁にぶち当たっていた。カレンの言ったとおり、この工房に篭り始めたころから、その方法を見出せずにいた。形は既に完成している。

 作業台の上には、やや長めにした白いステッキの先に、星型を象ったシンボルをこさえ、そのすぐ下にはピンク色の大きなリボンをあしらった、その名も「素敵なステッキ(カレン命名)」なる物が横たわっていた。

 手に取ると両手持ちで操るには丁度良い長さで、振りつければ長く伸びたリボンの尾がその流線を描き、星型シンボルの中心に仕込まれた例のクリスタルから魔術が繰り出される。シンプルながらそれなりにカレンたちの趣味――というより、全体のデザインはカレンで、リボンはシエルの意見――が盛り込まれていた。

 しかし、彼女の言う通り、肝心のクリスタルに魔力を充填することができずにいた。

「私たちの魔力じゃ、足りないのかしら……?」

 何度かカレンとシエルの魔力を注いではみたものの、結果はこの通りだ。そのせいで先ほどから何もできずに頭を抱えていた。そんな為か、シエルがイタズラ心にカレンを襲いこもうと考えたらしい。それもそうか。外界から遮断された誰も来ない地下の密室。これほど格好の場所はあるまい。

「だ、誰がカレンを襲うですって!? 人聞きの悪い」

 誰にでもないツッコミを入れる。まぁ、していることは同じじゃないのだろうか……。

「とにかく、ルフィー先生に聞いてみないと。このままじゃらちかないし……」

 事は急を要する。言うが早いか、二人は素敵なステッキを布に包み込むと、シェリーの入院する医療所へと向かっていった。


 ルフィーは大事を取って、医療所に入院している。体の傷はまだ癒えず、体調の関係もあって、療養していた。

 医療所に着くなり、早速ルフィーの病室の戸を叩く。向こうから返答があった。

「あら、カレンちゃん、お見舞いに来てくれたの? シエルも一緒なのね」

 ベッドから身を起こし、彼女は読書していた様だ。こちらに気がつくと、優しい笑みを見せていた。

 クレアの襲撃を受けて担ぎ込まれ、目を覚ましたのは今日の朝だったという。

「体は大丈夫ですか?」

「えぇ、良好よ。明日には退院できるかしら。……皆には心配させたわね。ごめんなさいね」

「先生が無事でしたから、本当に良かったです。でも、クレアさんの行動が、とても理解できません」

「そもそも、どうしてお母様を狙ったのかしら? ……お母様はあのとき、地下の図書室で何をしていたの?」

「えぇ、クレアさんの魔力を増強させている原因を探していたのよ。そこで、あることに気づいたわ」

 そう、あの時、クレアが背後に現れる直前、ひらめくようにある可能性に感づいた。それは――

「何ですか?」

「……媚薬よ」

 その言葉に二人は言葉を失ってしまう。媚薬という、また突拍子も無い物にそれが何なのかを思い出す。

 媚薬――

 せ、性欲を増進……? そんなことを考えるなり、二人とも顔を真っ赤にしてしまう。何と言うか、地下室でのシエルとの戯れを思い出してしまった。

「おそらくクレアさんはその薬を作り、自分が服用したのよ。その効能で、魔力を増強しているのよ」

 魔力が増強される理由は一つ。その媚薬とは――名ばかりの、意中の人を強制的に自分の物にする執念を増加させるものなのだ。それは服用者の意中の人への想いや、嫉妬心に比例すると言う。

 カレンの周りに居る者達が狙われる理由はそこにある。すべて排除する。そして、カレンを手に入れる。もはや恋愛のそれではない、みにくねたみで食い散らかすかのようだ。

「そ、そんなことしてまで……。許せないわ!」

「あのを止めないと、大変なことになるわ」

「そ、それで、先生に相談なんですが……」

 思い切るように、ルフィーにそう切り出してみる。ステッキに改良を施した、素敵なステッキ。今更ながら、この改良がルフィーに認められるのかどうか、心配になってしまった。

 今まで自分達が作ってきたいろいろな物を、ルフィーに品評してもらってきた。実に忠実な意見を受けることもあり、自分達の技術の無さを痛感することも多々あった。

 そして今回、この緊急事態に作り上げたステッキ。今、彼女の口から出る言葉で、何か全て決まってしまうようで、怖くなってしまう。

 おずおずとルフィーに素敵なステッキを差し出す。二人して神妙な面持ちをしつつ、その第一声を待った。

「……このクリスタル、使ったのね」

「ご、ごめんなさい、お母様! でも、今はこのクリスタルがないと……」

「分かってるわ。そうじゃないの。まさかこんな使い方があるなんて、って思ってね」

「……え? このクリスタルって、どういうものなんですか?」

 このクリスタルは、その魔力を溜め込む能力を使い、魔力を原動力とする機構を持つ機械などのエナジーとして使われる物なのだ。その例として、エリステルダムのシンボル、エリス時計塔がある。

 エリス時計塔は、その最上階に巨大なクリスタルが祭られ、そこに溜め込まれた魔力によって、時計塔が動いている。

 勿論のことながら、それほどの機構を動かす原動力となるため、少量の魔力では機能しないのだという。つまり、カレン達の魔力ではまだまだ不足だったということだ。

「この大きさのクリスタルなら、あなた達の他にルミちゃんとティンちゃんが居れば、溜めることができるはずよ」

「お母様、本当!?」

「みんなでやればきっと上手くいくはずよ」

「分かりました。ありがとうございます! 行こうシエル、皆集めなくちゃ!」

 カレンの掛け声に善は急げとばかりに部屋を後にする。そんな後姿を見るなり、ルフィーは二人の成長振りを改めて知らされた。

 彼女達なら、クレアを止められる。この理不尽な戦いに、終止符をつけてくれるに違いない。それは半ば願いのようなものでもあった。

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