第6話「接戦!」3
クレアの後を二人が追い始めるころ、リーナはようやくアトリエリストにたどり着いた。ティンの命を受けて、必死になって走ってきたせいか、息が上がって膝に手を突いてしまう。少し息を整え、落ち着いたところで入り口のドアに手をかけた。
「そこまでですわ」
何か細く堅いものが右肩に乗せられる。ノブを引いた手が半ばに止められてしまった。
背中から感じる異様な気。肩に乗せられたのは、魔力を帯びたステッキ。付けられてしまったのだろうか? その声こそ、リーナにとってなす
荒げた息が尚さら上気する。足が震え出してすくんでしまう。今に泣き出しそうになりつつも、その緊張感に声すら出すことができないでいた。心の中で強くカレンを呼び上げる。この扉の向こうにいるのに。扉一枚向こうなのに……。
「手を離して、後ろにお下がりなさい」
言われるがままノブを手放し、ゆっくりと背後に足を動かす。伝えなくちゃいけないのに、そのドアが遠ざかっていく。心の声が大きくなるも、それが届くことはない。この後、どんな恐ろしいことが起こるのか……。想像できないし、想像したくもない。
道の中央まで下げられると、肩に乗せられたステッキが上げられた。何かされる! 思わず目を強く閉じて、身をすくめてしまう。しかし、何をされるでもなく、今度は頭に何か乗せられた。ビクついて恐る恐る目を開けるなり、リーナは驚く光景を目の当たりにしてしまう。
「……良い
クレアが頭を撫でていた。驚きと言うより、驚愕。今までのような殺伐とした表情とはうってかわり、今まで見たこともない優しい微笑みを見せ、そっと髪を流してはそんなことを言う。
何を考えているのか分からない。思わず身震いを覚えて素早く身を引いてしまう。目の前にいる少女が怖くて仕方なかった。
「さぁ、
そんな表情も束の間、一転して不気味な笑みを見せてはアトリエのノブに手をかけた。それを見てリーナは、車輪を止める歯止めが砕けるように、堰を切って叫び上げた。
「シエルお姉ちゃん逃げてぇぇぇぇ――――っ!」
鬼気迫る叫び声。扉の向こうの二人に届かないわけはない。それでもクレアはそのノブを掴み、アトリエの扉を開いてしまった。
「あんたこそそこまでよっ!」
まるで先ほどの繰り返しのように、再び扉が止められる。クレアが振り返ったその先、嗚咽を上げるリーナを
「しつこいですわね! それとも、わざわざやられに来たのかしら?」
「しつこいのはどっちかしらね! ルイ、あんたは時間を稼いで! 行くわよっ!」
ティンのかけ声に二人はそれぞれに動き出す。
リーナをその場から離れさせると、ティンは先ほど不発に終わってしまった
大技を使う時、大概の場合はステッキではなく指によるまじないを使う場合が多い。その理由としては、まじないのほうが安定した術になる上に、まじないの組み合わせによって混合術が出せることにある。当然ながら、それほどの力量が無ければなせる業ではない。もはやティンの得意技でもある。
「ボーっとしてるんじゃありませんことよっ!」
もう少しで術が完成する。しかし、それに
まじないに集中している間は、その他の行動を遮断しなくてはならない。彼女の攻撃が届く前に完成させなくては……。
「ティンちゃん危ないっ!!」
そんな叫び声が耳に届く、その瞬間だった。
――目の前に広がる光景に、我が目を疑う。
ルイが、ティンの前に立ち、その一身にクレアの攻撃を受け止めていた。いや、受け止めていたのではない。身を呈してそれを受け、ティンを攻撃から庇っていた。
空気を振動させるような轟音とともに、ルイの声にならない悲鳴が木霊する。
「――っ!」
ルイが目の前で力なく崩れ行くその向こう、まるで狙った獲物を間違えたかのように、悔しそうな表情を浮かべているクレアの姿が目に映った。
何が起きたのか、理解するのに時間がかかってしまう。衝撃に服を引き裂かれ、傷だらけになって地に伏せるルイに、思わず
「ル、イ……?」
まじないを切るのも忘れ、ルイの元に駆け寄る。徐に肩を揺らすも、彼からの反応は全くといってなかった。
ひしひしと突き刺さるように感じ始める状況。胸の底から込み上げる感情が、頭をもたげて破裂せんと急激に膨らみ始める。
「ルイ!? ルイ起きなさいよっ!」
思わず頬を叩いてしまう。それでもまるで
まさか、こんなことになるなんて……。最も恐れていたこと。目尻にその悔しさが込み上げてくる。護ってあげられなかった――大切な人を。
「邪魔が入りましたわ。今度はあなたですわ!」
クレアの怒声が響き渡る。
もう我慢できない。ルイまでもこんな姿にしてまで、何をしようというのか。まだ完成していない魔術を無理やり仕立て上げる。
篤い想いとともに涙が頬を伝う。
「よくも! よくもルイをこんな目に遭わせてくれたわねっ!」
「あら、
「いい加減にしなさいっ! もう勘弁ならないわっ!!」
まじないを切り終えるなり、大きく息を吸い上げる。それとともに両手を透き通った春空へ高く掲げた。じわりと辺りの空気が重くなる。微かな風が巻き起こり、ティンの手元に強い魔力が集中し始めた。そして次第に、パチパチと弾けるような音を立て、それは稲妻を放ち始める。
「な、何を……」
さすがのクレアも事の次第を察知したらしい。思わずそんな言葉を漏らしつつ、後退りながら身構え始める。
彼女を怒らせたら、留まることを知らない。彼女を知る者は誰もが同じことを言うだろう。狂い始めた歯車は、もう元に戻ることは無い。
「私の
街中に響きそうな怒声とともに、ティンの魔術がクレアに向かって放たれる。強い想いが積もりに積もった一撃。凄まじい魔力の流動が空間を捻じ曲げるかのように、激しいスパークが入り混じる。
「ひぃ――!」
ズド――――――――――――――――――――ンッ!!
悲鳴を掻き消し、大爆発を起こし、地響きを起こしながらクレアの身を飲み込んだ。その爆音はクエン山の山道にまで聞こえ、立ち上がる煙幕も確認できたという。
埃が風に流されるころ、その向こうには大きく肩で息をするクレアの姿を確認した。綺麗に召した
「私の一撃を受けて、立っていられるとはね。……あんたホントに只者じゃないわ」
そうと告げると、膝を折ってその場に崩れてしまう。ティンの身も限界を超えていた。やはり病み上がりの体に大技は耐えられるはずもない。しかし、それはクレアも同じだった。元々体が弱い分、攻撃を食らってしまうと只では済まないだろう。
「くっ……こ、このままでは、おきませんことよ……っ!」
力なく吐き捨てるなり、引きずるように身を動かし、家々の間の細道へと姿を消していった。その姿を見送るなり、ティンは事切れたように地に伏せてしまう。
すぐそこにルイが居る。消えかかる意識の中、力を失った手に自分の手を添える。一心不乱に身を呈して護ってくれたことが、申し訳ないと思う反面、とてもうれしかった。そんな風に考えたらダメだと思いながら。
――終息したかのように見えた戦い。そんなはずは無かった。
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