第6話「接戦!」2
「ありがとうございました~」
ウェイトレスが頭を下げるのを背に、シャンパティエを後にする。結局リーナにしてみれば大した昼食にもならなかった。ただ、食べる気にもなれなかったが……。
「ごめんねぇ、リーナ。なんか付き合わせちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。久しぶりにケーキ食べたし」
「なら良かったわ。しっかし、ルフィーには勝てないわねぇ。どういう胃袋してるのかしら」
あの量を食べて尚そんなことを言ってのける。実は言うと、ティンとルフィー以外にあのケーキを完食できた人はいない。リーナには目の前にいるティンすら信じられない。
「ん? あれ、何かしら?」
上機嫌な鼻歌を途切れさせると、そんな言葉を出した。向かう先、ファーマシーとライム雑貨店の間の通りに人だかりができている。なにやらガヤガヤと囲い込んでいるようだ。一体どうしたものか、二人は慌ててその場に駆け寄ってみる。
野次馬を分け入って中を見てみる。そこには、エプロンを身に着けた長身の男性と、なにかと話題を振りまく渦中の人物、クレア・レインが対峙し、凍りつくような緊張感を醸し出していた。
エプロンを着けた男性――教師への勧めを「店があるから」と蹴り飛ばした話は有名だ。誰あろう、歴代の秀才、ライム雑貨店仮店長ルイ・ライムである。その頼もしい背に、ティンは思わず声を上げていた。
「ル、ルイ!?」
「出てきちゃダメだ! あの
「分かってるわ! だからあんたこそ危ないわよっ!」
「そこ! うるさいですわよっ!」
どうやら吹っ掛けてきたのは相変わらずクレアのようだ。唾を吐きとばすように叫び上げる姿は、その気品たる物が台無しである。しかしながら、その気迫ばかりは相変わらず突き刺さるように鋭い。
「狙いはシエルちゃんだよ。ここは僕が抑えるから、シエルちゃんをかくまうんだ」
少し後に下がり、ティンに近づいて小さくささやく。やっぱりそうだったようだ。
シエルが狙われてる――昨日、カレンが神妙な面持ちで語るのを、固唾を飲んで聞いた。なぜかは分からないが、その時に襲われなかったのが幸いだった。今はカレンと一緒にアトリエリストで対抗できる道具を制作している。その
「リーナ! カレンたちのところへ行くのよ!」
「え、えぇ!? ちょ、ちょっと、ティンちゃんどうするの?」
「私がやられっぱなしで黙っているわけないでしょっ! 早く行って二人に伝えて!」
一つ頷いてリーナは野次馬を掻き分けて駆け出していく。その背を見送るなり、ティンは腕を捲ってはルイの隣に肩を並べた。そして、不適な笑みを浮かべてクレアを見やる。
「あんた、あのときはよくもやってくれたわね!」
まるで前科がある悪役が口にするかのようなセリフ。それもそうだ、出る幕もなくいきなりリングアウトされたわけだ。争いごとは好まないが、あそこまでやられて黙っていられる性格じゃない。
「ティ、ティンちゃん!? 病み上がりじゃないか!」
「分かってるわよ。でも、ルフィーも倒されて、シエルが狙われてるのよ? 放っておけるわけないわ!」
「ダメだ! ここは逃げるんだ!」
「それに……あ、あんたを危険な目に遭わせる訳にはいかないじゃない……っ!」
「ティンちゃん……。しかたないな。僕もできるだけフォローするから、危なかったら逃げるんだ」
「分かったわ、ありがと」
合意を得たところで戦闘態勢に入る。二人ともステッキを構え、クレアの出方を見張った。
「あら、卑怯じゃなくて? 二対一なんてフェアじゃありませんことよ?」
決して強がりではないそれに、息を飲む。実際二人でかかっても抑え込めるか分からない。ティンは冷や汗が滲むも、緊張感に負けないように気持ちを抑え込んだ。ルイも神経を研ぎ澄ましては動きを読みとろうとしている。
「でも、
叫び上げる声も勇ましく、クレアのステッキがうねりを上げる。肌に突き刺さるような魔力が辺りを覆い始めた。空気を揺るがし、ビリビリと気が迫りくる。一体何をするのか。その張りつめた雰囲気に辺りの野次馬が何かを悟ったらしく、鬼気に怯えて散り散りに逃げていく。
――大きく出るつもりだろう。すかさずルイが動く。周りに防護魔法をかけたようだ。しっかり自分たちの防護も手を回すところ、相変わらずルイの魔術のレベルは高い。頼もしい限りだ。
負けじとティンの腕が鳴る。徐にステッキをしまい込み、背後に手を回すなりそっとまじないを切る。魔力を両腕に集中させ、発動のタイミングを窺う。前振りなしで意表を突いてクレアに食らわせるつもりである。
「消えてしまいなさい!」
クレアの声が街道に響きわたる。同時に辺りが一瞬強い閃光に満たされた。
強いフラッシュに視界を奪われ思わず目を閉じてしまう。それでも浸透してきそうな光だ。その後に何がくるのか身構える。
しかし、ほんの一瞬のことで、爆風や衝撃が
思わず辺りを見回してしまう。気がつけば、野次馬より行き交うお客さんさえいない商店街の街道。その中には彼女の気配すらなかった。いや、彼女は常に気配を消しているので分かりはしない。しかし、魔力の流動さえ感じられない。まるでその場から消え去ったかのような……
「……に、逃げたんじゃないか?」
「えぇっ!?」
さすがに気を帯びた魔術を消し去ることはできない。だったら逃げたと考えていいだろう。あまりのことに騙されてしまった。
まんまとやられた。まさかあんな魔力を見せつけておいて、本人がさっさか逃げていくとは思わなかった。しかし拍子抜けている場合じゃない。彼女はシエルの元へ行こうとしているに違いない。まじないを切った魔術が台無しだ。慌ててアトリエリストへ駆け出した。
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