第6話「接戦!」

第6話「接戦!」1

 その日、リーナは一人ファーマシーを開店させていた。

 前日に、クレア対策委員会のカレンから店のことを頼まれたからである。まるで水飲み鳥のように何度も頭を下げられたそうな。

 それも当然のことで、カレンは自分のお店を空けたことはない。それ以上に、お店を一日中誰かに頼むこともない。ましてや、まだ若いリーナにお店を任せるなんて。とりあえず体調の戻ったティンが店番についてもらっているから、安心ではあるのだが……。

 リーナ自身もその歳に関わらず魔法調合の腕前はレベルが高く、しっかりしており、根がまじめなせいか、汗をかきつつ店を切り盛りできていた。

 そんな様子を見るなり、ティンは感心しきりだった。このは学園の教師になれるんじゃないかと。

「リィ、そろそろ休憩にしない?」

「あ、うん、もう少し待っててね」

 せわしなく部屋を動き回る姿はもはや小動物のようだ。お客さんがけて顔を見せるティンにそう告げ、仕上げに取りかかっていた。

「しっかし、悪いわねぇ。お店任せちゃって」

「ううん、大丈夫だよ。お姉ちゃんたちには頑張ってほしいし。……よし、これででき上がり!」

 依頼品の最後の一つを作り終えて、リーナはせかせかとテーブルを片づける。すっかりスタッフとして立派に業務をこなしている彼女も、マジカルファーマシーを支える一人となっていた。

 入り口の看板をクローズに返すなり、二人は街道を下る。ティンの提案で今日はパンじゃなくて別のところで昼食を取ろうということになった。

 ティンに連れられホワイトバレーの前を過ぎ、たどり着いたのはシャンパティエというお店だった。ここもまたホワイトバレーのように、甘く香ばしい匂いが街道に充満していた。ティンはそんな香りを嗅ぎつけて、とろけるような笑みを見せて、よだれを垂らしている。

「ティ、ティンちゃん、ここって……」

「そうよ! 今日はここでケーキ三昧ざんまいよっ!」

 シャンパティエ――この街では一番の大きさを誇るケーキ屋さんである。あきれるリーナを引っ張って早速店内へと入っていく。大甘党のティンのことだ、今日はとことん付き合わされるに違いない。リーナも甘い物は嫌いじゃないけど、ティンの場合その消費量は半端じゃない。覚悟を決めた。

 店内は、ショーケースに様々なケーキが並べられた販売コーナーと、その奥にはイートインが設けられている。ケーキの美味しさもることながら、客入りの多さが人気の良さだといえる。

 近場の席を陣取ると、早速と言わんばかりにメニューを舐め回すように見始める。リーナは苦笑しつつも自分の分も選び始めた。

「普段はカレンに止められてるのよねぇ。今日くらいは食べないとやってらんないわぁ」

 目の中に星を輝かせながら、そんなことを言ってのける。ティンのケーキに対する情熱は(執念ともいう)カレンも呆れるほどに強い。それを見ていつもケーキ禁止令を出しているのである。

「よーし! じゃぁ、今日は思い切ってチャレンジコースでもいこうかしら」

「えぇっ!?」

 チャレンジコース――名の通り、いわゆる早食いにチャレンジするコースである。その挑みを申し込む相手とは、通常の二人前ワンホールを三つも重ねた高さを誇るドデカいケーキである。それをどれくらいの早さで食べられるかを競うものだ。

 ちなみに、その記録は歴代レコードホルダーとして張り出されていたりする。して、その歴代一位とは――

「ふふふ、ルフィーになんか負けないわよっ」

 ルフィー・セノア。誰言おう、次期学園長を務めることが決まった、盲目の錬金術師の名前である。それと同時に、ティンに勝るとも劣らない甘い物大好き人間だったりするのである。そして、その次点にはティンの名が掲げられていた。紙一重で毎度その時間を負かされているのである。

 今度こそリベンジ! ティンはウェイトレスを捕まえるなり、意気込んでチャレンジコースを注文する。リーナは控えめに普通のショートケーキを頼んでいた。

 そしてしばらくしてからティンの目の前に出されたのは、高さ三十センチほどはあるだろう巨大なショートケーキだった。純白のホイップクリームに身を包み、ぎっしりとイチゴがデコレーションされたそれは、もはやケーキとは違う何か別物のように見えた。リーナの前に出された、八人前ワンホール八つ切りの普通サイズショートケーキと見比べたら、一体何倍を誇る物なのか、それだけで胸焼けしそうだ。

 ケーキを出してきたウェイトレスがティンの傍らで待機する。何をしているのかと言えば、当然彼女の食べっぷりを測るのである。いざ挑まんと腕をまくり上げ、ケーキの傍らにセットされたフォークとナイフを手にする。

「準備はよろしいでしょうか?」

「えぇ、いつでも構わないわ」

「それでは、スタート!」

 言うが早いか、ティンはすかさずナイフをケーキに入れる。というかそのナイフ、リーナにはケーキ用には見えなくてならなかった。

「ね、ねぇ、ティンちゃん、そのナイフって、ステーキ用じゃないかな?」

「え? あ、そうね」

 気のない返事をしつつ、綺麗にカッティング作業を進めていく。さすがにその慣れた手さばきで綺麗に八つ切りにすると、フォークに持ち替えては一片をざっくり射し込む。そしてそれを、大口を開けて豪快にかぶりついた。

 まるで好物を与えられた子供のように、口の周りをクリームだらけにして、ティンは悦に浸って食べ散らかしている。何というか、昨日までケガをしてベッドで横になっていたとは思えない。改めてティンのバイタリティーの凄まじさが分かった気がした。そんな彼女に気負いしてか、リーナの手は進むはずもない。

 ……あはは、これじゃお姉ちゃんも怒るよねぇ……。

 苦笑を禁じえなかった。

 でも、そんなティンを見て、ふと安心する。クレアに襲われたときは、本当に死んじゃうのかと思ったくらいで、不安でならなかった。そのことでカレンも元気がなかったし、ルミやシエルも神妙な面持ちで、落ち着かないようだった。

「リーナもドンドン食べなさいよ」

 元気になってくれて良かった。ティンの気遣いに笑みを見せて返す。ショートケーキを口にして、今日くらいは大目に見ても悪くはないと思った。ここのケーキはとても美味しい。人に至福を与えるには十分な物だった。リーナも思わず綻ばせていた。


 そして、あれほどの量が解消されるころ、最後の一口はもはや必死の形相で口に運ばれた。口の周りをクリームまみれにしたティンが、力無く振り返り終了の合図を受けた。

 さすがのティンも同じ物を食べ続けるには苦痛だったらしい。というか、この量を完食できる時点ですごいと思う。そのスリムな身体のどこにその量が入った物か……。多少青ざめてはいるも、その表情には満足感が見られた。

「ティ、ティンちゃん、大丈夫……?」

 半ば呆れ気味にリーナの心配の声がかかる。結局リーナは最初のショートケーキ以外を口にはしておらず、もっぱら紅茶をすすりつつティンの様子見に回っていた。とてもじゃないけど、暴食を前に冷静に食べてはいられなかった。

「えぇ、大丈夫よ……。で、時間はどれくらい……?」

 ウェイトレスが計ったタイムを掲示する。――三二分二七秒。結果を聞くなり、ティンは気が抜けた用にテーブルに突っ伏してしまう。結果としてはどうだったのだろうか……?

「負けたわ~。なんなの? ルフィーってば、どういうわけなのよぉ……」

 ルフィーの記録は三十分の大台を切っていた。二八分三秒。とてもじゃないが、そんな早さで食べ切ることはできそうにない。リーナは苦笑いをしながら手元に残る紅茶を啜った。そもそも、チャレンジコースは無理だ。

 ティンとしては、今日は体調が優れなかったから早くなかったのよ、と締めくくっていた。というか、体調悪くても食べきるその体力やらなにやらに乾杯だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る