第5話「第二の犠牲」2—1

 翌日、時計塔公園の掲示板には、昨日の事件が大々的に掲げられていた。

『マジカルファーマシーの看板娘、襲われる』

 そのまんまである見出しがデカデカと貼り出されている。掲示板に群がる人たち。事故自体が珍しいこの街。それだけでも話題彷彿だ。群がる理由はそれにある。そしてもう一つ。

 同日で二度も同じ事故が発生することは更に希である。ルフィーが襲われたこともそこには記されていた。しかし、そこに大切なことが記されてはいない。

 ――クレア・レインの詳細はおろか、その名前すらない。

 なぜなのかは分からない。事件の内容の綴りは簡潔ではあるが、読者に興味を誘う書き方だった。何か作為的なものを感じないでもない。真相が隠されてしまっている。シエルは憤りを感じた。

「どういうことなのよ……!?」

 剥がしてやりたい衝動を抑えつつ、場を立ち去ろうとする――その時だった。

「ふふふ……。次は、シエル・セノア、あなたでしてよ」

 すぐ背後から、そんな声が飛んでくる。慌てて振り返るなり、人の通いの向こうに、その姿があった。いたずらに笑みを浮かべ、相変わらず射抜き通すような瞳でシエルを睨みつけている。

 母を襲った敵。絶対に許せない。ステッキを掴みかけ、意気込んで声を張り上げた。

「クレア! あなた、どういうつもりなの!?」

「カレン様には、わたくしがお似合いというわけですわ。あなたのようなはしたないお方には、無縁ということですのよ」

「な、な、なぁっ!?」

 右手を左頬の定位置に持っていっては、これ見よがしに高笑いを見せる。シエルとしてもそんな態度が許せなかった。それどころか、なぜにこんな新参者に、愛しのカレンを語られることがあったものか! カレンを愛していることは誰よりも負けない。こんな小娘に、間を割かれることに物凄い拒絶感があった。

「あなたにカレンを渡すものですかっ!!」

 いろんな怒りと強い想いを詰め込んで、シエルは恋敵に言い放った。もはや通行人が足を止めて怪訝そうに見るも、そんなことはお構いなし。小恥ずかしいことを次いで叫ぶ。

「カレンを愛するのは私だけよ! あなたなんかに邪魔はさせないわっ!」

「どうかしら? 次に会うときは覚悟なさい!」

 言うが早いか、クレアはステッキを大きく振り上げた。途端に彼女を中心に大きな風が巻き起こる。嵐のようにあらゆる物を巻き上げ、視界を奪っていった。どこかしこから悲鳴が上がる。周りの様子を窺おうにも、風の強さに目が開けられなかった。その場にいる人にケガがないことを祈るしかない。

 やがて風が収まるころには、クレアの姿はなくなっていた。逃げたらしい。まったくもってその行動が不可解だった。

 辺りを見回しては嵐に巻き込まれた人たちの様子を見る。突然のことに困惑しつつ、それぞれ身なりを正していた。大してけがをしている人はいないようで安心した。自分も服が乱れた程度にとどまっている。

 大きくため息を吐き出して、シエルはステッキをしまい込む。彼女の威圧感は大きい。何というか、何か取りかれているかのような、そんな空気を持っていた。

 緊張が切れた途端に、脚ががくがくと震え始める。何とか無事だった。早くカレンのもとへ行かなくては。目尻に涙を溜めながら、ファーマシーへと駆け出した。


 調合部屋の出入り口を開けて素早く中へと入る。冷や汗が滲む額を、安堵のため息とともにハンカチで拭き取る。まさかクレアに声をかけられるとは思ってもみなかった。

 気持ちがもっと安堵感を欲しがっている。カレンの姿を探る。しかし、調合部屋はもぬけの殻だった。調合台の上は綺麗に整理されている。

「あ、あれ? カレン? どこなのっ?」

 どこへ行ったのだろうか? シエルが配達へ出る時は何も言ってはいなかった。ティンは知っていないか売り場に顔を出してみた。

「ねぇ、ティン。カレンはどこへ行ったの?」

「え? あ、ルミのところへ行ってるわ」

「分かったわ、ありがと」

 早速、きびすを返して調合部屋を飛び出す。街道に出るなり恐る恐るクレアの気配を窺い、一目散にライム雑貨店へと駆け込んだ。

 丁度お客さんが誰もいなかったようで、二人雑談に花を咲かせていたようだ。そこへ慌てて飛び込んできたシエルに、何事かと振り返っていた。そしてシエルも同時にカレンを見つけるなり、またも涙をたっぷり目尻に浮かばせる。

「カレ~ンっ!」

 堰を切ったかのように、カレンの胸に飛び込んでは泣き出してしまった。

「シ、シエル!?」

 突然の出来事に慌てるも、カレンは自然に肩を抱いては頭に手を乗せていた。そんな慣れたような互いの仕草を見るなり、ルミはちょっとムッとしてしまう。

 それはさて置き、普段冷静な彼女が、人前でこんな大胆な行動に出るなんて珍しい。何かあったに違いない。

「どうしたの? シエル」

「クレアに目をつけられたわ。次はあなたよって……」

「えっ!?」

「言われただけ? 何もされてない?」

 シエルを手前に立たせると、カレンは彼女の身体をくまなく触診し始める。何というかルミには目の前で繰り広げられている光景が、何かいけないものを見ているかのようでならなかった。心なしか頬を染めては熱い吐息を吐き出すシエルに、カレンは撫で回すようにあらゆるところを触り続けている。

 ……ボクもやってもらえないかな……。

 ぼんやりとそんなことを思い描くなり、我に返って頭を振り回す。一体何を考えているものだか。顔を真っ赤にさせてしまう。昨日のことからずっと意識してしまいそうでならなかった。

「で、でも、どうして何もしなかったんだろう? 今までなら、場所も構わず襲ってきたのに……」

「分からないわ。宣戦布告っていうのかしら……」

「気をつけてシエル。いつ現れるか分からないし」

 宣告された以上、油断はできない。自分にはクレアに対抗できるような魔力はない。襲われたらどうしよう……。

 自分には錬金術しかない。ならば、何かを作り出すしかない。シエルの脳裏に閃光せんこうの如く、あるアイディアが突っ走る。

「そうだわ! カレン! 私たちで対抗できる道具を作るのよ! ルミも協力して!」

「え? ボクも? でも、道具って……」

「良い考えがあるの。お母様の持ってる材料で良い物が作れるわ」

 それが作り出せればクレアに対抗できる道具になるはず。それには二人の協力が必要不可欠だ。そうと決まれば、シエルは二人を連れてアトリエリストへと駆け出していった。

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