第5話「第二の犠牲」

第5話「第二の犠牲」1

 シェリーが地下の書庫から運び出されたのは直ぐのことだった。当然、地下での大爆発によって、図書館は大きく揺れ動いた。何が起きたのかと従業員が地下へ駆けつけたところ、嵐の後のように本棚は薙ぎ倒され、本は無残にも散らばり、そして、それらの中で眠るように、シェリーが無残な姿で横たわっていたという。

 その一報を受けたのは、ルフィーが近くの医療所に運び込まれてからだった。血相を変えて、シエルを始め一行はそこへと向かう。

 クレアの仕業に違いない。シエルは駆けつけるなりドアを開け放ち、一目散にルフィーの元へと駆け寄る。もう気が気ではなかった。まさか、母親が狙われるとは思ってもみなかった。

「お母様っ!?」

 無機質な小部屋のベッドの上で、物静かに横たわるルフィーに声をかける。しかし、返答は一向にない。やはりティンと同じように、顔にガーゼや包帯が当てられている。この様子だと、同じ魔法を使われたらしい。身体も同じようになっているだろう。

「先生!? 先生、起きてください!」

 ルミの掛け声にも彼女は反応しなかった。まるで昏睡状態のようだ。一同に焦りが過ぎる。

「彼女は大丈夫です。心配はありません。ケガは酷いですが、命には別状はありません。今は、薬の効能で眠りに入っているだけですよ」

 ルフィーを診察したらしいこの医療所の女性医師だった。意識不明ではないようで安心はしたが、どちらにせよ再び犠牲が出てしまった。

「お、お母様が、こんなことになるなんて……っ!」

 大きく泣き出したかと思えば、シエルが突然に膝を崩し、倒れ込んでしまった。あまりのことに、ショックで気を失ってしまったようだ。慌ててベッドに横にさせる。もう、何が何だか解らない。

「どうしてルフィー先生まで……!」

「彼女は、地下の特別観覧室で襲われたようです」

 クレアが施した魔力増強の方法を探りに、彼女は地下の観覧室を訪れていた。そこに何者か――ちまたではクレアの仕業という話は流れていない――が姿を現し、突如に襲われたのではないかという話だ。

 彼女は魔法を放たれる間際に、部屋に防護魔法を施したようで、貴重な所蔵物や本棚など、室内にはダメージはなく、それだけで手一杯だったのではないだろうか。自分にはかけている余裕はなかったのだろう。

 何ということだ……。ルフィーほどの人が、またも一瞬にして倒されてしまった。相手は巧みに、自分に良い条件を利用して攻撃しているようだ。身を呈して所蔵物を守り抜いたことには、ルフィーの性格が窺い知れた。

「どうして……どうしてこんなことになったの……?」

 カレンがか細い声を上げながら、溢れ出る涙を拭うでもなく、立ち尽くしていた。

「い、い、いやぁぁぁぁ――――っ!!」

 突如ヒステリックに悲鳴を発し、頭を抱えて座り込んでしまう。唸り声を上げて、泣きじゃくる。

 ――もうイヤだ。もうイヤだ! 自分のせいで周りの大切な人達が犠牲になっていくところを見るのは、もう耐えられない。

「お、お姉ちゃん! 落ち着いて!」

 心配げに近づいたリーナを慌てて突き飛ばす。何かに怯えるようにガタガタと肩を震わせ、後ずさりしてルミとリーナを見やる。

「お、お姉ちゃん!?」

 リーナが再びカレンの元へ近づこうとした。

「いやっ! 近づいちゃダメ! 私に近づいちゃダメっ!!」

 自分自身の肩を強く抱きしめては、後ずさりを続ける。

「いや! いや……私に近づかないで! 皆、皆が私のせいで……っ!」

「カレンちゃん、大丈夫だよ! ボクが必ず食い止めるから!」

 必死に説得をするルミに、顔を背けて上ずり声を上げて涙を流す。一歩足を踏み出した。途端にカレンが拒絶反応を見せる。それでも、ルミはゆっくりと近づいた。

「大丈夫だよ、カレンちゃん。カレンちゃんや皆のことは、絶対にボクが護るから!」

「ルミちゃんにそんな危険なことさせられないよ! もう良いよ! 私、クレアさんところに行くから! じゃないと、ルミちゃんもやられちゃう……!!」

 じりじりと後へと引くカレンに、ルミは説得しながら間合いを詰める。今捕まえないと、カレンは何を始めるかわからない。

「近づいちゃダメ!!」

「カレンちゃんっ!!」

 ルミが手を伸ばしてカレンの腕を掴もうとしたが、それをすり抜けるように、彼女はドアを叩き開けて、一心不乱に表へと駆け出していってしまった。クレアの元へ行こうとしているに違いない。それだけは止めさせないと。カレンの身に危険が生じる。クレアに捕まる前に彼女を捕らえなければ。二人は慌ててその後を追った。


 夕焼け色に染め上げた空。西日が差し込む街道。買い物をするお客さんの間を、カレンは泣きながら横切っていた。

 ――クレアが自分のことを慕ってくれている。それはうれしい。でも、慕っているんじゃない、渇仰や偏愛というレベルでもなかった。クレアは物を奪うように、周りの親しい人たちを襲っている。彼女はその手段を選ばない。

 解らない。そこまでして、どうして自分を標的にしているのかが……。

 メインストリートを時計塔公園へと差しかかる。後ろからルミの声が飛んでくる。捕まるわけにはいかない。焦って足を速めると、入り口の縁石に足を取られ、カレンは派手に転んでしまった。

「カ、カレンちゃん!?」

 声がどんどん近づいてくる。慌てて立ち上がるなり走り出そうとするが、くじいてしまったか、足首に鋭い痛みを覚え、体勢を崩してしまう。早く行かなければ捕まってしまう。でも、身体は言うことを聞いてはくれなかった。その場に座り込んでしまう。

「お姉ちゃん大丈夫!?」

 すかさずリーナが駆け寄ろうが、それでもカレンは、恐ろしい物を見るかのように怯えた表情をしては、尻餅を突いたまま引き下がってしまう。

「こ、来ないで!」

「お願い、カレンちゃん聞いて!」

 逃げるカレンに近づいては、その震える肩にそっと腕を回した。逃げないように、確りと抱きしめる。それでも彼女は抵抗を続けていた。

「大丈夫だよ。大丈夫だから! カレンちゃんのこと、ボクが護るから」

「ダメだよ! ルミちゃんがやられちゃったら……私、もうどうしたら良いのか分からないよ! そんなのイヤっ!」

 それでも彼女は抵抗を止めなかった。

 ――仕方ない、もう実力行使に出た。

「カレンちゃんのこと、好きだからっ!!」

 目を閉じ、カレンの唇に自分の唇を沿わせて彼女の口を封じ込んだ。一体何が起きたのか、目を見開き、困惑した表情をして、カレンは抵抗を止めてしまっていた。

 唇に柔らかく当たる暖かいルミの唇。間近に感じる温もり。穏やかな表情を見せて、その強い想いをぶつけてくる。カレンも、その目の前で繰り広げられている行為を、受け入れることしかできなかった。徐々に落ち着きを取り戻し、互い唇を離すと、カレンは顔を俯かせてしまう。

「カレンちゃん、ボクのこと信じてくれるよね?」

 顔を真っ赤にしながら、カレンは小さくうなずいた。

「……ルミお姉ちゃん、お姉ちゃんのこと、好きだったんだ……」

 目前での行為に、やっぱり頬を染めるリーナから冷静なツッコミが入る。思ってみれば自分こそとんでもない行動を取っていた気がする。シエルに言えたたちじゃないし、シエルからカレンを奪っている気がしてしまう。ルミも思わず真っ赤になって頭から湯気を立たせていた。

 結局のところ、クレアが何によって魔力を増強させているのかは、分からずじまいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る