第4話「異常な愛情」

第4話「異常な愛情」1

 ルフィーはファーマシーを出たその足で、エリス図書館へと足を運んでいた。

 エリス魔法学園を過ぎると、その隣に図書館はある。世界中の書物や知識を収める、エリステルダム王国時代に建造された、時計塔と並んで数百年という歴史のある建物である。

 クレアが自身に施したと思われる特別な何か。魔力を増強させるという方法に関して、あまり聞いたことはない。その関連を記述している書物や文献があるかどうかも分からない。これは難航しそうな予感がした。

 カウンターを過ぎ去り、フロアへと入る。一階入り口付近のフロアは、三階まで吹き抜けになっており、高く天井が見える。相変わらず所蔵数の果てしない建物だ。今日も人の利用数は多い。ひとまず一階フロアの棚へと消えていく。

 錬金術師という職業である故、それに使用される材料や調薬に関する知識は当然に豊富である。蓄積してきた知識によれば、材料関係でそのような効果をもたらすものは、アルトーノくらいだろう。

 アルトーノ――幻覚や幻聴をはじめ、身体の変化、感覚異常、感情の変化など、麻薬のような異常効果をもたらす木の実で、別名魔法の実と言われている。通常に流通するものではなく、その通り劇物の扱いとされる。実際魔力への変化も少なからずとも影響を及ぼす。

 しかし、アルトーノの使用によるものならば、残留魔力に異常な物を感じることはない。ということは、材料ではない。やはり、魔法調合によって作り出された魔法薬がそれに関与しているのではないだろうか? 何度も言うが、魔法増強の魔法薬などは耳にしない……。何はともあれ、魔法調合・錬金術の棚へと向かった。

 天井からの明かりもやや乏しい。この図書館は一階層分の天井が高く取られている。その分、本棚を高くしていた。高い所を見る場合は、各棚についた移動式はしごを使用する。見上げただけでは上の本は見えないくらいに高い。

 数えられないくらい足を運んでいるせいか、ここに揃う書物のほとんどは何かしらの調べ物で目を通している。その中から目ぼしい本をチョイスしては、読書室へと運び込んだ。

 あれこれと選りすぐって運んでいると、山のような量になってしまった。久しぶりに四六時中、本を読み明かすことになりそうだ。思わず気合を入れてしまう。

「ルフィーちゃん」

 いざ本の山に挑もうとしたとき、向かいから不意に声を掛けられる。聞きなれたこの声。そして、自分をこう呼ぶのは一番大切な親友しか居ない。

「あら、シェリーちゃんじゃない」

 シェリーだった。数ヶ月前までは、森の湖の呪いによってベッドに伏せる日々が続いていたため、その姿さえあまり見ることもできなかった。今や、むすめのカレンによって呪いから開放された彼女は、こうやって色々なところへ足を運べるようになっていた。

 普段は家が隣同士ということもあってよく会っているが、昼間にこうやってたまに会うこともあって、とても嬉しかった。

「凄い量ね、調べ物?」

「えぇ、これから始めるところなんだけど、ちょっと手が混みそうなのよ」

「私も手伝うよ?」

「え? 仕事は?」

「一段落したの。ちょっとここで本を読みながら休もうかなって思ってて。丁度良いから、ルフィーちゃんの手伝いさせて」

「悪いわね。お願いしようかしら」

 というわけで二人での作業が開始された。

 シェリーにはとりあえず魔法を増強させる薬の記述を探してもらう。店の前で起きたでき事に関しては伏せていた。なによりティンが犠牲になっている。昔からずっとシェリーのそばに居たティンが、事故に巻き込まれたと知られたくはない。彼女の体調が崩れないとも限らない。

「そう言えば、二人で調べ物って初めてよね」

 不意にシェリーの言葉がかかる。微笑みながらルフィーの作業をじっと見つめ、うれしそうにそう呟いていた。

「そういえばそうね。シェリーちゃん、ずっと伏せていたし、こんな風に一緒に何かするってことが、少なかったものね」

「私、うれしいよ。ずっと夢だった。もう一度、ルフィーちゃんといろんなことするのが」

「夢が叶ったわね。私もうれしいわ。シェリーちゃんが元気になって、こうやって向かいに座って、一緒の時間を過ごすこと。私も夢だったわ」

 二人は幼なじみだ。子供のころは何をするにも一緒に居ることが多かった。ケンカなんてしたこともないし、いつも仲良く遊んだりもした。

 しかし、シェリーを湖の呪縛にかけてしまったのは、他でもないルフィーだった。呪縛によって誰も寄りつかなかった、帰らずの森――インサルトの森へ興味本位で行ってしまったことがあった。それがシェリーに影響を与えてしまい、今まで十数年以上もの間、床に伏せることになってしまったのだ。

「ごめんなさい、シェリーちゃん。私のせいで、あなたに辛い思いをさせてしまって……」

 ルフィーはそれに責任を感じ、それから、この図書館に通い詰め、魔法調合に関する知識を叩き込み、独学でその呪縛を解き放つ魔法薬を作ると意に決めたのだ。

「ルフィーちゃん、もうそのことは謝らない約束でしょ? ルフィーちゃんだって辛い思いしてるんだし、却っていろんなことをしてくれたことに、すごく感謝してるよ」

 ルフィーが盲目になってしまった理由は、彼女もまた湖の呪縛によるものだった。シェリーの呪縛を半減させる魔法薬を作り上げる際、当の湖の水が必要となったのである。湖に近づく者には、ことごとく死という言葉が待っているのである。その中を生きて帰ってくることは奇跡に近い。その最中、ルフィーは体力も魔力も、精根尽きた状態でかながら森を抜け出たときに、後遺症となって視力を奪われてしまっていた。

「ありがとう。そう言ってくれると、助かるわ……。それに、カレンちゃんにも感謝しきれないわ。シェリーちゃんたち親子には、頭が上がらないわね」

「何言ってるの、そんなに改まったりしないで。ルフィーちゃん、遠慮なんかしちゃダメよ」

 あの、子供のころのような微笑がそこにあった。いつも側で笑っていたころの彼女。押さえ切れない想いを目じりに溜め込んで、ルフィーはありがとう、と一口では乗せ切れない感謝を口にした。いつもいつも、そんなシェリーの優しさに支えられていた。今度は自分がシェリーを支える。一緒に居る時間を何よりも大事にしよう。そう思った。

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