第3話「戦闘開始!」

第3話「戦闘開始!」1

 気づけば、身は放り出され、宙を浮いていた。

 体中に痛みを感じる。ケガをしたらしい。当たり前だ、爆撃を受けたのだから。

 街道のどこかしこから悲鳴が上がっている。白昼に堂々と執行されたテロなのか、現場は酷く混乱していた。普段から犯罪率の低いこの街で、こんな事故が起きることすらありえない状況だ。

「ティンちゃん! ティンちゃん大丈夫!?」

 ルミが涙目になって駆け寄ってくる。横たわる身体を抱え込み、背を支えてはしきりに無事を確認している。次第に涙が頬を伝い、ティンの頬にすずくが零れ落ちる。

「……っ! ティ、ティン!? ティン、何があったの!?」

 騒音を聞いて飛び出してきたカレンが、必死の形相で駆けつける。そして、店の前にでき上がったクレーターに顔面を蒼白させた。あの衝撃、このクレーターと、そして残留魔力。相当の爆撃だったことを痛感した。

 何より、学園の教師を凌ぐティンが、何をするでもなく倒された。息を飲んで、出る言葉もなかった。

「カレンちゃん! ティンちゃんが! ティンちゃんが!!」

「シエル! ティンを中に運んで!」

 後から駆け寄ってきたシエルに指示するなり、三人でティンの身体を支え、そっと調合部屋のほうへと運び込んだ。

 本当なら二階にある寝室へ運んだほうが良いのかもしれないが、階段を上るのは困難だ。とりあえず応急処置だけでも施さなければ。テーブルに広げられた物を手早く片すなり、その上に椅子のクッションを敷き詰め、そこにティンを横にさせる。

「ティン、大丈夫!? ルミ、一体何があったのよ!」

「ボクにも分からないよ! 突然のことだったし……」

 苦痛に表情を歪ませて、辛そうな吐息で肩を上下させる。見るからに居た堪れない姿になっていた。

 カレンはすぐさま、棚からストックの鎮痛薬と傷薬を取り出した。そして、衝撃によってボロボロにされた埃まみれの服を脱がせる。衝撃の大きさを物語るかのような、彼女のお気に入りの服。一同、胸に熱い物が込み上げるのを感じた。

 ――誰がこんなことをっ!

「お姉ちゃん! ティンちゃんどうしたの!?」

 調合部屋の出入り口が叩き開けられ、そんな言葉が飛んでくる。エプロン姿のリーナが、テーブルに横たわるティンの元へ駆け寄ってきた。現場にできた野次馬の噂話を耳にしたのか、パン屋の手伝いを放り出して駆けつけたようだ。

「ティンちゃん! ティンちゃん死んじゃったりしないよね? ねっ!?」

「……バカねぇ、リーナ。私がこんなことで……ヘタると思ってるの? 安心しなさいよ、大丈夫だから」

 とても優しい笑顔だった。リーナは思わず泣きじゃくってしまう。それを見てシエルがそっと彼女を抱き寄せた。仕切りに大丈夫よと繰り返し、その柔らかい髪を優しく撫でている。まるで自分にも言い聞かせてるかのようだった。

 服の状態から想像するより、彼女のケガは大したことはなかった。ケガは多いが掠り傷程度で酷い箇所は特にない。それだけでも安心した。服が緩和させていたと思われる。ただ、受けた衝撃は大きかったのだろう、彼女のダメージは大きいに違いはない。カレンは彼女に鎮痛薬を与えると、傷薬を患部に塗り始めた。

 ついさっきまで一緒に昼食を取って、笑い合っていたのに。どうしてこんなことに……。

 ――許せない。こんなことをした人が許せない。

 ルミは肩を震わせ、拳を一心に握り締めた。怒濤のように腹の底から湧いてくる怒り。大切な友達が、何者かによって負傷されてしまった。抑えられるはずもなかった。

 徐に足を運ばせる。出入り口を開け、わき道を抜けて野次馬のごった返す街道で歩みを止める。ルミの登場に、一同はどよめきを打ち消し、彼女に視線を一集させていた。

 涙を拭う。髪を縛るリボンを外した。そして、大きく息を吸い上げて――一気に声へと吐き出していく。

「よくもこんなことをしてくれたね! 出て来なよ! ボクが相手になってやるっ!」

 普段のルミからは想像できない怒声が、街道に木霊こだまする。異様に張り詰めたその場の雰囲気に圧されたか、野次馬がどよめきを上げる。

わたくしでしてよ!」

 そんな雰囲気を一切するように、そんな声が飛んでくる。そこに居たのは――

 ――クレア・レイン……!?

 魔術のステッキを握り締め、鬼面の如き表情を浮かべてルミの対面を取っていた。彼女の周りに、何か強いオーラが張り巡らされているかのように、なにかが揺らめいて見えた。それが敵意であることは、突き刺さるように感じる。

「何でこんなことしたんだよっ!」

「邪魔だからですわ」

 迷いもなく、堂々と返してきた。そんな態度が気に入らなかった。

「邪魔って……! そんなことでティンちゃんにこんなことしたって言うの!?」

「カレン様をわたくしの物にするためには、手段など選びませんわ」

「な、何を言ってるの……?」

「カレン様は、わたくしの命をお救い下さった恩人です。ですから私は、カレン様のことを誰よりも、誰よりもっ! お慕いしているのですわ! カレン様のお傍に居るべきなのはこの私、クレア・レインだけですのよ! ですから、あなた達は邪魔なのですわっ! 排除して差し上げます!!」

 罵声を浴びせるかのように、口からそんなことが放たれる。あたかも自らの行動は真っ当であると、支離滅裂もいいところだ。

 こっちも黙って居られなかった。そんな身勝手な理由で……っ!

「……そんなことでティンちゃんが狙われたなら、ボクは絶対に君を許さない!!」

 素早く指でまじないを切る。瞬間に風が大きく揺るいだ。ルミは大きく跳躍し、クレアとの距離を一気に縮める。右腕を大きく後ろに振り上げた。その腕に風の流動が巻き上がり、魔力が集中を始める。そして、目の前まで距離を詰め、クレアの足元に向けてその拳を突きたてた。

「お返しだっ!」

 叫び上げると同時にクレアの足元に閃光が走る。次いで、地中からエネルギーが弾け飛ぶように、レンガ敷きの地面が爆発を起こした。見ての通りのティンのお返し。クレアは大きく傾いで、服を衝撃に巻き込みながら背後へと吹き飛ばされていく。

「やりますわね……。でも、その程度ではわたくしの足元にも及びませんことよ?」

 かつて病におかされていた病み上がりの少女に、どんな身体能力を秘めているものか、クレアは巧く身をひるがえし、地面に着地していた。そんな言葉を言い放ちつつ、服の汚れを打ち払う。大したダメージにはなっていないようだった。

「何をやっているんだ!」

 突如怒号が飛び上がる。どうやら自警団の者がやってきたらしい。その声に野次馬が慌てながら散り散りに立ち去っていく。一気に街道が混乱してしまった。

 そんな渦の中、ルミはそこに立ち尽くし、大きく肩を落としていた。落胆して顔を俯かせ、乱れた髪をかすでもなく、押し黙る。

 混乱が過ぎ去るころ、街道には自警団の団員とルミしか居なかった。クレアは混乱に紛れて姿をくらましてしまったようだ。そんなことを構うでもなく、団員はルミの元へと近づいてくる。

「ここで何が起きたんだ? 話を聞かせてもらえないか?」

「う……ぅっ」

 堪らず肩を震わせる。もう我慢できなかった。

「うわぁぁぁぁ――――んっ!」

 今まで保っていた緊張が切れたのか、力なく膝を崩し、ぺたりと座り込んでは幼い子供のように大泣きしてしまう。こうなっては団員も手のつけようがないらしい。お手上げの様子だった。

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