第2話「邪魔ですわよ!」2—1
今日はライム雑貨店の定休日だ。こういう日は大概、マジカルファーマシーの手伝いをすることが多い。今日もまた、自前のエプロンを着けてはほうきを手にし、開店前の店内を掃除する。
改めて店内を見回せば、開店当初とは大分雰囲気が変わったと感じられる。最初のうちは商品もまばらで、陳列されたその商品すらお世辞にも良い物とは言えなかった。苦情こそ来なかったが、苦情が来るほど売れてもいなかったということだ。それでも、カレンの頑張りや、学園のクラス担任であるルフィーに手解きを受けつつ、この店は徐々にレベルアップをしていった。
ルミはマジカルファーマシーが好きだ。長年抱いていた、カレンの夢がこうやって実現したことと、母の病を打ち払い、店を成功させて軌道に乗ったこと。幼なじみでいつも一緒に居て、いつかは自分もここで働きたいとも思っていた。もちろん雑貨店もあるから働くことはできないが、自分ができることは何でも手伝いたい。だから、今日もティンに代わってお店番をするのだ。
「おはようございます。……あら、ルミじゃない。今日は雑貨店お休みなのね」
物腰丁寧な挨拶と優雅な雰囲気で店にやってきたのは、もう一人の幼なじみのシエルだった。彼女は、錬金術師であり学園のクラス担任であるルフィーを母に持つ、見習いの錬金術師だ。カレンとともに、母の病を治す薬を作り上げるためにその力添えになった一人で、昔はカレンをライバル視しては随分と毛嫌いしていた時期もあった。
今やそんな犬猿の仲も解消され、こうやってファーマシーのスタッフとして、修行という名目で手伝いをしにやってきている。カレンとも仲良くやっているようで、仲を取り持っていたルミとしては一安心だった。
「あ、シエルちゃん、おはよう。うん、そうだよ!」
「ルミがお店番なら、どこぞの誰かさんよりは売り上げが上がりそうね」
「ちょっとシエル、その誰かさんって誰のことなのか言ってみなさいよ!」
横目に見やるシエルにティンはすかさず食ってかかる。この二人は相変わらずどこかで言い合っているのはずっと直らないらしい。でも、これと言って仲が悪いわけではなく、むしろこれは互いのコミュニケーションのようなもので、じゃれ合っているだけだ。
「「誰がじゃれ合ってるですって!?」」
「え、あ、いや、ボクが言ったわけじゃないし……」
素早い突っ込みにルミも苦笑いでたじたじだ。いいタイミングで息が合ってるあたり、それなりに名コンビのようだ。突っ込みが入りそうなので、これ以上は控えておく。
さて、そろそろ開店時間となる。ルミは、いつもティンが陣取るカウンターの椅子に腰を降ろすなり、お客さんの来店に備えた。が、それ以上に気になることが一つ。昨日、怒濤の如く
「じゃ、ルミ、お店のほうは頼んだわよ。あの
「う、うん、任せておいて。ティンちゃんも程ほどにね……」
その頼もしい背を送り出して、思わずため息をつく。まぁ、何も無ければいいのだが……。
開店時間を過ぎ、ティンの見張りのためかクレア・レインの姿は見当たらず、相変わらず客足の多い(主に男性客が)ファーマシーを切り盛りしていく。
そろそろ陽の光も落とす影を短くする頃合い、お腹も空き始める。
一通りお客さんを
「ティンちゃん、そろそろお昼だよ?」
「え? あぁ、分かったわ……」
「どうしたの?」
「さっきから何か見られてるような気がするのよね……」
周りを見渡し、人ごみの中に探りをかける。行き交う人はいつもの通り、何気ない話に花を咲かせている女の子、重そうな荷物を運ぶ男性、買い物を済ませた主婦……変わったところはない。
「もしかして、またあの女の子、かな……?」
「う~ん、なんとも言えないわね。もう少し見てるから、カレン達を呼んできて」
そう返すとティンは更に目を光らせて街道を見回し始めた。何というか、あんまりしかめ面で見ているとお客さんが寄りつかなくなりそうだ。
店内に戻るなり陳列棚を整理すると、奥にこもったカレン達を呼び出しに、カウンターの向こうにあるドアに近づいた。
「……っ」
ドアをあけようとノブに手をかけたとき、奥から物音とともに何か声が聞こえてくる。普段なら作業に集中していてほぼ会話の無い現場に、カレンとシエルの会話がかすかに聞こえてくる。
何だか容易に開けられる雰囲気ではなく、思わず立ち止まって聞き耳を立ててしまった。いけないことだと分かっていても、だからこそやりたくなってしまう。
「……だよ、シエル……?」
「……私、カレンが……」
何だか異様な雰囲気の言葉遣いが聞こえてくる。ドアノブを回し、少しだけ開けて中の様子を窺ってみた。
まず見えたのは、相変わらず機材や材料などが散乱した調合用の作業台。一通りの作業が一段落したのか、でき上がった製品が箱詰めされていた。
まぁ、それは良いとしよう。肝心の二人の姿が見られない。作業台から視点を離し、部屋の中を探ってみる。すると、材料棚の前で二人を確認。この角度から見えるのはカレンの背中で、その肩越しにシエルの姿を捉えられる。
……何やってるんだろう……?
思い切ってもう少しドアを開けて覗いてみる。
「ん、ん……っ」
シエルの吐息らしい、そんな声が聞こえてくる。
……え? な、何してるの?
よく見れば、カレンの肩にシエルの手が置かれている。
「っ……シエル、だ、ダメだよ、こんな所でしたら……」
「お願い、そんなこと言わないで……。私をこうさせるのは、カレン……あなたなんだから」
……っ!?
まるでシエルじゃない誰かが発しているかのような、柔らかい声で
「好きよ、カレン……」
「だ、ダメだょ……」
カレンの言葉が半ばに遮られる。この角度からなら見えてしまう。シエルはカレンを覆うように、その小さな唇を重ね合わせていた。カレンもダメと弱い声を上げつつも、シエルの行為を一身に受け止めている。
……ななな何これ~っ!?
一体、目の前で何が行われているのだろう。まるで夢でも見ているかのようなことに、思わずこっちが顔を火照らせてしまう。頭が混乱してくる。
……え? な、何なに? シエルちゃんはカレンちゃんが好きで、カレンちゃんはシエルちゃんが好きなの? でも、何やってるのあれ? 何で……キキキキスしてるのっ!?
目が回ってしまう。
「ルミ、何やってるのよ? 早くカレンとシエルを呼んできなさいよ」
「ひぃ……っ!」
声を押し殺していたせいか、不意の声かけに上ずり声を出して思わず飛び上がってしまった。握っていたノブを引いてしまい、音を立てて思いっきりドアを閉めてしまう。しまったと思う間もなく、どうしたら良いのか考えがつかなかった。
「どうしたの?」
「え? あ、あ、いや、なんでもないよっ。カ、カレンちゃん、シエルちゃん、そろそろご飯にしようよ」
とりあえず取り繕ってみては、ドア越しに声をかけてみる。今ごろ一体何をしているのだろう……。ドアの音に驚いて、互いの身を離しているに違いない。微妙な空気がドア越しに感じられる。何というか、申し訳ないことをしてしまったようで、二人にどう接して良いのか分からなくなってしまいそうだ。いくら仲直りしたからって、まさかこんなことになってるなんて……。こっちが小っ恥ずかしくなってしまう。
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