金魚鉢6 墓所~花火夜空
「早く、こっち」
フクスは空を仰ぐ。月は西の空に傾いて、
――とっておきのものを、見せてあげる。
ミーオの言葉を思い出す。
夜の都である金魚鉢が寝静まる明け方の直前に、ミーオはフクスを起こしたのだ。寝ぼけているフクスに、ミーオは散歩に行こうと
ミーオの誘いを受けて、フクスは金魚鉢を
やがてその音は、
谷底は夜空よりも暗く、
「金魚鉢の、お墓」
ぽつりと、ミーオが口を開く。フクスはミーオを見つめた。彼女は暗い眼で谷を覗いている。
「死んだ
言葉を紡ぐミーオの手はかすかに震えていた。その震えをとめたくて、フクスは
「フクス……」
そっとミーオがフクスを見る。彼女の眼は、かすかに涙ぐんでいるように見えた。彼女も昔、ここに身を投げたいと思ったことがあるのだろうか。
「この谷の先にね、お父さんが住んでる村があるの……。お父さん、そこで花火師をしてるんだ」
ミーオが顔をあげ、谷の向こう側にある暗い森を見つめている。
「とっておきのものは、この谷じゃないよ。見て、空――」
ミーオが猫耳で上空を指し示した。フクスは空を仰ぐ。
「どうして……」
「あなたがここに来ることは、前から知らされていたから。私のフナになるかもしれないってことも。だから、父さんに頼んでお祝いの花火を打ち上げてもらったのっ」
弾んだ声でミーオが言う。
フクスは思わずミーオに振り返っていた。
フクスの狐耳にミーオが手を伸ばす。狐耳に
白いジャスミンの花がフクスの手には
「どう、して……」
声が震えてしまう。その声に応えるように、フクスが言葉を続けた。
「それは、あなたのお兄さんから。あの人ね、私があなたの面倒を見るって知ってて、それを
「ほんと、変な人……」
「また、私を買いに来るって。あなたに渡したい花が、まだあるんじゃないかな」
ミーオが笑顔を浮かべ、言う。
そっと彼女は、フクスの狐耳を
くすりと笑い声を漏らし、ミーオは空に輝く花火を仰いだ。瑠璃色の眼が、悲しげに細められる。
「私も耳飾りにする花、欲しいな……」
空を仰ぐ彼女の横顔を、花火が照らす。その花火の光を雲が
寂しげに、ミーオの眼は花火を見つめていた。
――あれ、俺の娘なんだ。寂しがってるみたいでね。友達になってくれると、
フクスは、船頭の言葉を思い出していた。蒼色キンギョであるミーオの父親だと男は名乗った。飾窓の中で、ミーオは悲しい眼差しを自分ではなく、父である
ミーオはきっと父親が恋しいのだ。
どうしてミーオの父親は、彼女に会いに行かないのだろうか。それなのに、金魚鉢の船頭をやって娘の様子を見守っているらしい。
――ほんと、可愛げのない妹をもってとっても光栄だよ……
兄の言葉を思い出す。
レーゲングスは自分に別れを告げることなく、ミーオに花を託して帰ってしまった。ミーオの父親は娘に会うことなく、花火を打ち上げることで娘の心を慰めている。
どうして彼らは、自分たちの気持ちを告げてくれないのだろうか。どんな後ろめたい気持ちが彼らのあるのだろう。
「ここに落とされた子たちは、どんな思いで死んでいったのかな?」
ミーオが呟く。
彼女の眼は、深い谷に向けられていた。ここで死んだ亜人の少女たちはここに
「あなたも、私と同じ目でこの谷底を見るんだね……」
ミーオが囁くように声をかけてくる。はっとフクスはミーオへと顔を向けていた。瑠璃色の眼を暗く染め上げ、ミーオはじっと谷底を見つめている。
「この闇の中に落ちていったら、またあの人は笑ってくれるのかな?」
谷底から視線を放し、ミーオは寂しげな眼をフクスに向けてきた。悲しげに
別れ際、兄は一瞬だけフクスを見つめてきた。
自分と同じ翠色の眼は、悲しげで、苦しそうで。
フクスは、逃げるように去っていく兄から眼を逸らすことが出来なかった。
兄は、自分との別れを悲しんでくれているのだろうか。そしてミーオも、誰かを思って悲しげな眼をフクスに向けてくる。
金魚鉢は亜人少女たちの苦界。一度入ったら二度と出られず、美しい
金魚鉢の風評をフクスは思い出す。
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