金魚鉢5 月光~少女愛撫

「本当、オーアって煩いオバさんだよね」

 ミーオがぼやく。彼女は窓枠まどわく腰掛こしかけ、外をながめていた。窓の外には白いブーゲンビリアが吊るされ、月光をびて蒼く輝いている。

 ここは、遊郭の屋根裏部屋だ。太い柱とはりが交差する部屋の中には質素しっそな寝台が1つ置かれ、その寝台の脇に大小様々なトランクが並べられている。トランクはぐちゃぐちゃに並べられており、仕舞われた衣装がだらしなくその隙間すきまからはみ出ていた。

 この部屋はミーオの自室だという。金魚鉢でも上位にいるキンギョの部屋とは到底とうてい思えない質素なつくり。ミーオの前にいるフクスは、唖然あぜんと部屋を見渡していた。

「驚いた? 蒼色キンギョの部屋がこんなボロ部屋で――」

 可憐かれんな声がする。

 はっと、フクスはミーオに向き直っていた。片膝かたひざを抱きしめ、ミーオはじっとフクスを見つめている。月光に照らされる彼女はすっと猫耳を伏せ、冷めた眼でフクスを見つめていた。

 ミーオの眼が蒼く光っている。その顔は逆光ぎゃっこうによって窺えない。

 風が吹く。窓外のブーゲンビリアがひるがえって、暗い影を部屋に落とすミーオに絡みついた。

「私、貧しい生まれだからこういった部屋の方が落ち着くの。ここで、あなたのお兄さんの相手もしたの。兄妹だからかな? あなたみたいに、ビックリしてたよ」

 影に埋もれるミーアが動く。気配から、彼女が微笑んでいることがうかがえる。

 ――兄さんは、あなたと寝たの?

 当たり前のことをこうとして、フクスはあわてて口を閉ざしていた。ミーオがこの部屋で兄と関係を持った。生々しい金魚鉢の実体を晒されて、フクスは吐き気を覚えていた。

 兄が自分を売った金で、目の前の亜人の少女と関係を持った。フクスは今更いまさらながらに自分が商品にり下がったことを見せつけられ、震えていた。

 その震えを止めたくて、自身の体を抱く。フナの見習い期間を卒業すれば、この体は毎日のように男達に弄ばれることになる。

 うわさに聴くだけだが、その中には実の娘や姉妹を抱きに来る男たちもいるらしい。

 兄がそんなことをするはずがない。だが、兄はまたミーアに会いに来るだろう。そして、女になっていく自分に蔑みの眼差しを送るに違いないのだ。

 そこに、父も加わるかも知れない。

「あっ……」

 怯えに、声がれてしまう。

 家と違い自分はここで必要とされる存在になるだろう。男たちにもてあそばれる玩具がんぐとして。亜人とさげすまれながら、フクスはここで春を売っていくのだ。

「どうしたの。フクス……」

 ミーアが近づいてくる。フクスは思わず後退りしていた。逆光ぎゃっこうからけ出たミーオは、心配そうに瑠璃色の眼をゆらしていた。

 ミーオの手がフクスに伸ばされる。兄の体をなぞったであろう、貝のように煌く爪を持つ手。その手を、フクスは払いのけていた。

「フクス……」

 悲しげな声が狐耳に響く。ミーオが眼を歪めフクスを見つめていた。われに返って、フクスはミーオの手を両手でにぎり締める。

「ごめん……」

 彼女を見ることができず、フクスは顔をうつむかせていた。

「フクス……」

 フクスにミーオが声をかける。それでもフクスは顔をあげない。

「フクスっ」

 ミーオが怒鳴どなる。びくりと、フクスは肩を震わせ顔をあげていた。

「フクス」

 甘いミーオの声がした。ミーオの微笑が近づいてくる。ふわりと、彼女の猫耳からジャスミンの香りがした。

 唇に柔らかなものがあたる。その触が体中に広がって、フクスは眼を見開いていた。

 ミーオの唇が、自分の唇に重ねられている。

「大丈夫、怖くないよ」

 唇を離し、あやすようにミーオはフクスにささやきかけた。

「私たちは、生きるために体を売ってるの。ここで生きて、生き抜くために戦ってるの。だから、怖くない。あなたは、生きるためにここに来たの……」

 言い聞かせるように、ミーオはフクスに語りかけていく。ミーオが優しくフクスを抱きしめてくる。体の震えがとまっていく。

「フクス」

 ミーオが微笑み、あやすように言葉をかけてくれる。フクスは微笑んでいた。ミーオの体が温かい。その体温を感じていると、気持ちが落ち着く。

 ミーオが笑みを深める。瑠璃色の眼が、あやしくきらめいた。フクスは、眼を見開く。ミーオが、フクスを寝台に押し倒したのだ。

「ミーオっ!」

 フクスは叫んでいた。

 視界が暗転あんてんする。ななめになった屋根が眼前に広がる。妖しく煌く瑠璃色の眼が、フクスの眼前をふさぐ。

 また、唇に柔らかな感触が広がった。何度も、啄むようにミーオはフクスに口づける。舌で唇を割り、ミーオの口腔こうこうを犯す。

 卑猥ひわいな音が屋根裏にひびき渡る。口腔を舌で蹂躙じゅうりんされるたび、フクスの体はビクリと跳ね、その内に甘い快楽が広がっていく。

 ミーオの舌が、唇から引き抜かれる。みだらな唾液が糸を引いて、月光に照らされていた。その光る唾液の糸をミーオが愉しげに見つめている。

「ミー……オ」

 荒い呼気が唇かられる。ミーオは瑠璃色の眼を細めて、優しくフクスに微笑みかけた。

「大丈夫、恐くないよ。あなたの初めては、私だから。大丈夫……」

 優しい囁きが、体を、意識をむしばんでいく。

 その快楽におぼれれてみたい。

 フクスは翠色すいしょくの眼をミーオに向けていた。フクスの眼は月光を受けて、金色の輝きを放つ。ミーオがその輝きに応えるよう、フクスの唇を塞いだ。

 月光の中で、少女たちはまとっている衣を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。

 体をからみ合わせ、お互いを求め合い、甘い息を吐く。

 その吐息の心地よさに、フクスは溺れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る