オタクにだってチャンスは巡る?
そこまで聞いても、腹は立たなかった。
彼女と僕を天秤にかければ、どっちが重いか。
女はどうだか知らないが、男の身としてはやむを得ないことだ。
「それで?」
僕が先を聞くと、真坂は口ごもった。
「で、分かっちゃったんだよ、結局」
「どうして?」
訳が分からない。僕を使って架空のサークルをでっち上げ、そこへ通うふりをする。
彼女の注意をそらしたうえで、作業を別の場所で行う。
女人禁制のルールを作っておけば、僕がそこへ女子を……え?
僕に女子がくっついてくるわけがない。
なんでそんなサークルを?
僕が混乱しているのも構わず、真坂は話を続けた。
「で、あの日、敬がボロボロになってやってきて、辞めると言い出した」
え、それって?
「敬と喧嘩したっていうヤンキーがアパート探しに来て、よせばいいのに律儀に様子を見に行った洋一と殴り合いやって捕まって……」
ってことは、彼女って!
「それがもとで、海賊版密売組織が芋づる式に検挙されたってわけさ」
そこまで聞いてはっとした。
真坂はどうなるんだ?
それを聞いてみると、幸平は口元を歪めて皮肉っぽく笑った。
「俺は被害者だぜ?」
どうやら、お咎めなしということらしい。
利用されて、金まで巻き上げられていたのだから、前科までついては救われない。
だが、学校ではいつも誰からも注目されている美少年も、このときばかりは実に情けなく見えた。
とにかく、真坂が無事と分かって安心したところで、さっきの疑問が頭をもたげてきた。
直視したくない事実だが、答えは一つしかない。
「幸平!」
つい最近までは僕に向けられていた声が、本来の相手を呼んだ。
うつむいていた真坂幸平くんが、顔を上げて立ち上がった。
僕は顔を背けた。
小柄な少女がやってくるのは、見なくてもなんとなく分かった。
僕がその顔を見たのは、高らかな平手打ちの音を聞いたときである。
頬を抑えた真坂を、凪原が睨み上げていた。
「警察署から出てくるの見たよ」
「ここに来いって言ったのに……」
「捕まったって聞いたから」
淡々と話してはいるが、かえって怒りの凄まじさが肌につたわってきた。
不謹慎ではあるが、もしかしたらという期待が生まれなかったと言えばウソになる。
凪原が真坂に愛想をつかして、僕に……。
期待通り、非難は更に続いた。
「あの女誰? 後から出てきたの。いい車が迎えにきちゃってさ。なんか、黒塗りの、いかにもって感じの。感じ悪い」
「ごめん」
縮こまる真坂を、胸の前で腕組みした少女は追及する。
「謝ってって言ってんじゃないの」
「……沙希。久志野沙希」
「どういう関係?」
「別に、隠してたとかそういうんじゃなくて」
「つまり、フタマタ」
凪原は一言でまとめる。
「ごめん」
真坂の無駄な詫び言は完全に無視して、尋問は続いた。
「事情が知りたいの」
真坂はちょっと生唾を呑み込んで、言葉を選び選び答える。
「ちょっとかわいい子がいて」
「ちょっかい出したの」
注意深く省略された言葉を、凪原は辛辣に補う。
真坂はすかさず弁解した。
「彼女いるからって」
そんなことでごまかされる凪原ではない。
「でも興味あったのね」
「断れなくって」
慌てて訂正する真坂に、同じ追及の言葉が畳みかけられる。
「ちょっとは興味あったんでしょ」
「いつから知ってた?」
言い訳は無駄だと悟ったのか、真坂は開き直りとも取れる先手を取った。
一瞬、凪原の言葉が止まった。
代わりに、満面の笑顔が浮かぶ。
「堂々と嘘つける人じゃないもの、あなたって」
そのとき、僕は全ての期待が泡となって弾けたのを知った。
真坂は、照れくさそうに口を尖らせてボソボソと答えた。
「ごめん、心配かけたくなくて」
「パシリにされたのね。いくらぐらい?」
深い溜息を伴う質問に、真坂は強がってみせた。
「お金なんて全然」
嘘つけ!
さっきは泣きべそかいてたくせに。
「自分でいくら分買ったかって聞いてるの」
口調はきついが、その詰問には愛があった。
悔しかったが、それは掛値なしに感じられた。
真坂は目をそらして答える。
「5万円くらい」
「それで済んでよかったわ」
パチンコで大損した旦那の詫びを聞いた奥さんの反応とはこんなものだろうかと思った。
だが、それでさえも真坂には大きな失点らしかった。
慌てて説明を加える。
「ばらしたら、君を」
「甲斐性なし」
そういう凪原の顔は笑っている。
もちろん、真坂だって相手が怒っているとは思っていない。
言葉に、本来の余裕が戻ってくる。
「だから、70年代SF同好会を立ち上げたんだ」
「人を巻き込んで?」
ようやく、凪原は僕のほうを見た。
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