美少女が見せる裏の顔

 僕がドアを閉めると、凪原は一言、「電気は?」と聞いた。

 まるで、明かりをつけて当然、と非難しているかに聞こえたので、慌てて畳の上に上がって、裸電球から下がっている紐を引いた。

 うすぼんやりした光に、ブラウン管テレビと中国製再生機しかない部屋の中が浮かび上がる。

 凪原は靴を脱いで上がり込み、部屋の中をうろうろして何か探している様子だった。

 やがて、険しい表情で僕を睨んで尋ねた。

「秋月君だけ?」

 え、と聞き返すと、いらだたしげに言い直した。

「他には誰も来ないのね?」

 とっさに、うん、と嘘をついた。

 他のメンバーを巻き込みたくはなかったのだ。

 凪原は、ふーん、と言ったきり、黙りこくった。

 やがて、何事もなかったかのようにドアに向かって歩き出すなり、言った。

「それじゃ」

「え?」

 聞き返したわけではなかった。

 今までとあまりにも違う態度に、唖然としたのだ。

 凪原は面倒くさそうに聞いた。

「何か用?」

「だって」

 言葉が続かなかった。 

 いつもだったら。

 いつもだったら、レンタル屋や、「バルビュス」に行って、それから、「また明日」と……。

 だが、凪原は思い出したように言っただけだった。

「ああ、今日はいいの」

「どうして?」

 納得がいかなかった。

 どうして今日は、いつもと違うのか知りたかった。

 だが、冷ややかに返ってきたのは、どこかで聞いたような答えだった。

「アニメの再放送録画しに」

 きっと何か怒っているのだろう。

 そうとしか思えず、とりあえず謝った。

「ごめん」

 ため息一つ、凪原は早く帰りたいと言わんばかりのしかめ面で、吐き捨てるように言った。

「別に謝ってほしいわけじゃないから」

「でも、許してない」

 僕は食い下がったが、凪原はもう僕とは目を合わせなかった。

「許すことなんか何もない」

「じゃあ、何を怒ってるの?」

 知りたかった。

 これが分からなければ、凪原の怒りは収められない。

 なんとしてでも、今までの日々を取り戻したかった。

 凪原はしばらく考えていたようだったが、やがて僕に向き直り、穏やかに言った。

「怒ってなんかいないわ、あなたには」

 最後の「あなたには」が妙に強調されていた。

 今までにはない、不快感や敵意を感じたが、僕は震える声を必死で抑えながら尋ねた。

「じゃあ、何に怒ってるの?」

「言わなくちゃいけない? あなたには関係ない」

 凪原との間に、深い溝ができたのを感じた。

 溝というより、地割れに近い。

 もう、どんなことをしても向こう側に行けない気がした。

 だが、僕はその彼方に向かって声を振り絞った。

「あるよ」

 必死の叫びに、凪原もさすがにギクリときたようだった。

 息を詰めて、聞き返してくる。

「何?」

「これ、見に来たんだろ」

 僕はしゃがみこんで、カバンを漁った。

 紙包みを取り出して、いったんはがしても粘着力の残っていたセロハンテープを再びはがす。

「え?」

 怪訝そうな凪原に、プラスチックのパッケージをつきつける。

 それは、真坂から渡された『透明ロボットクックロビン』だった。

 凪原に何があったのかは分からない。

 だが、僕とおなじ感性があることを信じたかった。

 それがお互いに確かめ合えれば、元通りになれると思いたかった。

「一緒に見ようよ。だから来たんじゃないのか?」

「見るわよ! 見るから!」

 まるでやけくそのように、凪原は片膝ずつ畳の上に据えながら座り込んだ。

 決して明るいとは言えない部屋の中で、僕は再生機の中にDVDを入れ、『透明ロボットクックロビン』のオープニング画面をブラウン管に映し出した。

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