美少女と夢のDVD
放課後、真坂が教室にやってきて、出入り口の引き戸を閉じてもたれかかった。
そばにある自分の席で椅子に座ったまま、それとなく辺りをうかがってみたが、凪原の姿はなかった。
そこで、小声で聞いてみた。
「ケイ、辞めたのか?」
目をそらして、ああ、とだけ答えた真坂の歯切れは悪かった。
「どうするんだ?」
これで倶楽部がなくなっても仕方がないとは思ったが、寂しかった。
特に、『透明ロボットクックロビン』が見られないのは。
どうもしないよ、と真坂は鼻にかかった声で答えた。
そういえば、このところ、集会には来ていない。
昨日「ケイ」から聞いたような危険な思いをしなければならないところに関わっていたのは心配だった。
「お前が辞めるんなら……」
どうしても、自分から辞めるとは言えなかった。
その言葉を継ぐかのように、真坂が僕の目の前に、セロテープで止められた紙袋を置いた。
「これは?」
中を見ようとしたところで、扉が閉まった。
その向こうから、次の集会を告げる声が聞こえる。
「今日、いつもの時間に」
パートナーは「サキ」。
そう聞こえたところで、紙袋の中身も見ずに立ち上がる。
扉を開けたが、そこにはもう真坂の姿はなかった。
仕方なく、紙袋を開いてみて息を呑んだ。
そこには、半透明のプラスチックケースに収められた、いつも集会で使う記録用DVDがあった。
その白いプリント面には、丸まっちい文字がサインペンで書き込まれている。
『透明ロボットクックロビン』と。
マスクに伊達眼鏡といういつものスタイルで校門を出ると、しばらく歩いてから、同じ格好で野球帽の小柄なジャージ姿が脇の路地から現れた。
たぶん「サキ」だと思って、知らん顔して先へ行った。
後ろを振り返ってみると、少し離れたあたりをついてくる。
別に、待つ気はなかった。
少しでも早く『透明ロボットクックロビン』を見たかったし、それが叶ったら、ここを離れようと思っていた。
したがって、「サキ」に対しても別に思い入れはなかった。
僕たち、というか、ジャージ姿の小柄な少年に後をつけられている僕は、いつもの路地を同じように曲がって、薄汚れた例のアパートにたどりついた。
錆びついた階段を上っていくと、下から鉄の板を踏みしめる足音が、微かに、ためらいがちに聞こえてくる。
最近、一緒にはDVDを見ていない。
こんな感じの奴だったろうかと、ふと思った。
冬の日は沈むのが早い。
すっかり暗くなった、外に面した廊下を歩きながらちらと後ろを見ると、「サキ」は非常階段を上った辺りでじっと佇んでいる。
「早く来いよ」
立ち止まって声をかけてみたが、返事はない。
放っておいて、端にある部屋に向かった。
ドアノブに鍵を差し込んでガチャガチャやっていると、「サキ」は小走りにやってくる。
部屋に入ろうとして振り向くと、そこには薄暗がりの中に立つ、見覚えのある姿があった。
確かに、マスクと伊達眼鏡は「倶楽部七拾年」の規則が定めるスタイルだ。
だが、いかに野球帽とジャージ姿とはいえ、間近で見て気づかないはずがない。
凪原あきら。
可憐で聡明な、70年代文化をこよなく愛する……少女。
僕はとっさにドアを閉めた。
女人禁制。
壁にもちゃんと張り紙がしてある。
女ごときには理解できない、忘れられた1970年代の特撮やSFアニメ。
それを楽しむ男だけの会を守るための絶対ルールだった。
でも……待てよ?
僕は『透明ロボットクックロビン』を見たら辞めるつもりじゃなかったのか?
だが、それとこれとは別問題だという気がした。
いかに危険なことをしていたとしても、同じ世界を信じる仲間を裏切る気にはなれなかった。
ドアが凄まじい勢いで叩かれる。
僕は内側から鍵をかけ、ドアノブをしっかり握りしめた。
叩かれようが揺すられようが、開けるわけにはいかない。
だけど、ここで開けなければ、僕は完全に嫌われてしまう。
凪原とレンタル屋で出会ってからの日々が記憶に蘇った。
……入れるや、入れざるや。
そこで、無言で扉をたたき続けていた凪原の手が止まった。
やっと諦めてくれたかと安堵していると、突然、扉の向こうで金切り声が上がった。
凪原が悲鳴を上げたのだ。
このアパートにだって、人は住んでいる。
不審に思われたり、警察沙汰になったりしたら、この会は消滅するだろう。
いくら抜けるつもりだといっても、潰れてもいいとは思っていなかった。
僕は慌ててドアを開け、凪原の手を掴んで中に引き入れた。
野球帽がドアの近くに落ちると、その中に隠されていた、お姫様カットの長い髪がぼんやりと赤い裸電球の光の中でこぼれ落ちた。
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