キモオタの鬱陶しい涙

 次の集会の日は一週間ほど後だった。

 それまで僕は、毎日のように凪原と一緒にDVD店を巡ったり、「バルビュス」で珍しいコミックを捜し歩いたりしていた。

 集会が分かったのはすぐ前日、例のDVD店の前だ。

 届いたメールをこそこそ見る羽目になったが、なぜか咎められることはなかった。

 凪原はいつものようにマフラーで口元をすっぽりと覆って、手を振りながら背中を見せて駆け去っていったのである。

 僕はその晩ずっと、集会に出るための言い訳を考えてろくろく眠ることもできなかった。

 だが、当日の帰りに気が付いてみると、もう凪原の姿はどこにも見当たらなかったのだった。

 念のため、30分ほど待ってみたが、いつもの誘いはかからなかった。

 ここぞとばかりに学校を飛び出す。

 今日のメールの指示はいつもと違って、近所のコンビニが待ち合わせ場所になっていた。

 内容は次の通り。

「塾をさぼって通っているのを姉に気づかれた。まかなければいけないので、DVDを先に渡す。指定した時間に洗面所で待て」

 おかしいと思ったが、DVDがないことには集会所に行っても仕方がない。

 指定されたコンビニに行って、トイレを借りる。 

 しかし。

 時間ジャストだったはずなのに、5分待っても、10分待っても、誰も来なかった。

 トイレがノックされて、来たと思って出てみれば、別人。

 先に行ってしまったのかと、集会所に行ったが、そこには僕しかいなかった。

 変だと思ったが、やっと渡してもらった部屋の鍵を開けるときには、なんだか一回り大きな人間になったような気がして、胸が高鳴った。


 到着してから、1時間ほど経った。

 暗くなったので、あのボンヤリした蛍光灯が点いている

 そろそろ帰ろうかと思っていると、立て付けの悪い扉が音を立ててきしんだ。

 待ってましたとばかりにパートナーの姿を見れば、やはりそこには僕とよく似た小太りの男がいた。

 見るからにオタクの、「ケイ」。

 背が低くて、顔が微妙に膨れていて、足が短くて腰が低くて妙に重心が安定している。

 学校は違うが、制服はよく似ている。

 集会の規則通りにマスクと眼鏡を着けたその姿は、たぶん、僕と見分けがつかないだろう。

 はっきり言って、正面から見たくない。

 これが生身の自分だと思い知らされるからだ。

 ただ、僕がこいつと違うことがたった一つだけある。

 凪原あきら。

 彼女だけは、受け入れてくれている。

 だから僕は、自信たっぷりに言った。

「どうしたんだ? 何かあった?」

 遅刻は咎めない。

 まあ、勝者の余裕ってやつだ。

 だが、変装を取ってその顔は、ただでさえ不細工なのが、僕よりも遥かに醜く歪んでいた。

 顔をくしゃくしゃにして睨みつける表情は、怒っているとも泣いているともつかなかった。

 寒さのせいか、べそをかいているせいか、鼻を何度かすすり上げた「ケイ」は、やっと一言だけつぶやいた。

「なんでお前のために……」

 それは逆恨みだ、と思った。 

 何があったか知らないが、コンビニのトイレとボロアパートで、暗くなるまで待たされたのは僕のほうだ。

 だが、そこは追及しないのが男の度量というものだ。

 凪原と喧嘩したことはないが、もしあってもこのくらい寛容になれる自信はあった。

「まあ、上がれよ。DVDは?」

「ない」

 言うなり、色あせた畳の上に足を踏み入れた「ケイ」は、その場であぐらをかいた。

 何で、と聞くしかなかった。

 答えは、しばらく返ってこなかった。

 いつ開くかとじっと見ていた口元には、よく見ると青あざがある。

 口元だけではない。

 目のあたりにも、頬にもあった。

 やがて、「ケイ」は謎めいた言葉を口にした。

「お前、ここを抜けろ」 

「え?」

 あまりに唐突で、なんと答えていいか分からなかった。

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