美少女のディープなオタク談義

 そのすぐ翌日の放課後、凪原あきらは校門を出ようとする僕を待ち構えていたかのように追いすがってきた。

 真坂がバイトに行ってしまうのを見送った直後のことだ。

 「倶楽部七拾年」の集会がない限り、僕はまず行きつけのDVD店に直行するのが日課だったが、予想外の同行者ができたのには面食らった。

 そもそも、女子と一緒に帰った経験がない。

 中学まではずっと一人だったし、高校に入ってからもせいぜい真坂と「倶楽部七拾年」の集会に行くくらいだ。

 だが、逃げる理由もなかった。

 子どもの頃から女子と関わることのなかった僕から見ても、凪原は魅力的だった。

 これが教室の中だったら、きっと大事件になっていただろう。

 そのくらい、凪原と僕は月とスッポンと提灯に釣り鐘というか、とにかく次元的に不釣り合いだった。

 ただし、下校中の帰宅部の群れの中では、そう目立つことでもない。

 問題は、僕のリアクションだった。

 生まれて始めて女子から接近されて、どうしたらいいのか分からない。

 何の用かという一言さえ、口からは出てこなかった。

チェックのマフラーを口元まで寄せた凪原の顔をまっすぐに見られなくて、つい目をそらす。

 その隙に、僕は制服の袖口をぐいと掴まれた。

「今日は行かないの?」

 ようやくのことで「え」とだけ言葉を返すことができた。

 凪原はマフラーの奥からくいと顎を上げてわざとらしく笑った。

「あるといいね」

 そのまま僕の腕を引いて歩き出す。

 おっとっと、と普段では口にしないような声に自分でも驚きながら、僕は思わぬ道連れと、行きつけのDVD店へと向かうことになった。


 昨日、凪原が返して僕が借り損なったDVDは、まだそこにあった。

「よかったね」 

 実をいうと、もうどうでもよかった。

 昨日も急に話しかけてきた凪原が一晩中気になって、棚にかけていた巻のことなど意識の彼方に吹っ飛んでしまっていた。

 だが、敢えてそう言われると、手に取らないわけにはいかなくなる。

 仕方なくカウンターへ向かうと、凪原もついてきた。

 この店でしか使えない、薄っぺらいプラスチックのカードを出して手続きを終えると、すぐ後ろに立っていた凪原が数本のDVDをカウンターに出した。

 バーコードを当てる店員の手元をなんとなく見ていると、透明のパッケージに入ったディスクの表面に、見慣れたロゴがあるのに気づいた。

 1枚、2枚……。

 返却された数枚のディスクはすべて、70年代に製作されたSFアニメや特撮のものだった。

 ありがとうございました、の声を背にして、凪原は呆然と立ち尽くす僕のすぐ横を通り過ぎながら、流し目で「意外?」と笑ってみせた。

 信じられないことだけど、別世界に住んでいると思っていた凪原が僕の世界へと入り込んできたのだ。

 電気代を節約するためか、3~4年前から照明の暗くなった店内が、元のように明るくなったような気がしていた。

 そのまま、その手の作品が並んでいる棚へと歩いていく後ろ姿を、僕は大きく深呼吸してから追いかけた。

 マフラーをしたままの冬服姿は、すぐに見つかった。

 僕はちょっと足を止めて、一歩ずつ距離を詰める。

 どの程度まで近づいていいのか、わからなかった。

 僕に気づいた凪原は、棚にあるアニメの一つを指さした。

「これ、知ってる?」

 もちろん、70年代アニメや特撮で、僕の知らないことなどない。

 場所が場所なので大きな声は出せなかったが、それまで人に話すことなどなかったトリビアが一気に口を突いて出た。

「これはね……」

 今では大御所となっている某監督が、最初にチーフディレクターを務めた作品だった。 

 といっても、4話で降ろされてしまったが。

 自伝によれば、若気の至りでスポンサーと大喧嘩したらしい。

「スポンサーってさ、キャラクター商品が売れてなんぼだからね。特にオモチャとかプラモのメーカーなんか……」

 合金やプラスチックの金型づくりには、莫大な額の先行投資を行う。

 放送が始まってからすぐに発売が始まるから、番組がヒットするかどうかなんて分からない。

 つまり、大きなギャンブルなのだ。

 だから人員や経費といった物理的制約と、撮影や収録といった時間的制約との折り合いがつかなければ、番組改変期を待つことなく、打ち切りで消えていくこともしばしばあった。

 そんな話は、普通に考えたら女の子にはかなりどうでもいい裏話のはずなのだが、凪原はこくこくと頷きながら聞いている。

 僕は調子に乗って悪態交じりに話し続けた。

「当然、主人公メカの合体や変形シーンとか必殺技とか、決めポーズなんかにめちゃくちゃうるさく注文がつくんだ」

 そのくせ、スポンサーなんてものは視聴者からのクレームには臆病である。

 今ならSNSの書き込みが一瞬で炎上するから何がまずいかはすぐわかるが、そんなものはないアナログ時代には、制作サイドが企画段階で大向こうの反応を忖度しなければならない。

 この作品でも、主人公の操る精神感応が「オカルトブームに乗せられている、子どもの教育上よくない」との批判を浴びるということで、メカアクションを得意とする監督が代わりにやってきたという。

「皮肉な話でね……」

 降ろされた監督が同じコンセプトで80年代にヒットを飛ばしたのを話そうとしたところで、凪原は僕の話を遮った。

「それ知ってる! 念力とか、透視とか、スプーン曲げるとかイギリスのビッグベン止めるとか……」

 そんなので一世を風靡した人もいたらしいが、そこまではよく知らない。

 だが、凪原は詳しかった。

 僕が話を軌道修正する間もなく話し続ける。

「ああいうの、大掛かりに見えてつまんないトリックだったんだよね」

 彼女によれば、「日本中にある止まった腕時計を、公開放送での念力で一斉に動かす」というのがあったらしい。

 実際に、スタジオには「動いた」という電話が何十本も寄せられたという。

 種を明かせば単純なことだった。

「考えてもみてよ、止まった腕時計が、日本中にどのくらいあると思う?」

 当時の人口は1億2000万人くらいだったというから、きっと何千万個とあったはずだ。

 そのうちの10個や20個が偶然動き出したからって、どうということはない。   

 動き出した時計についても、ちゃんと説明がつく。 

「公開放送があったのは冬。腕時計の機械油が固まっちゃうこともあるんだ」

 テレビを見ながら炬燵のなかでじっと握りしめていれば、油が溶けて動き出す時計もあり得るということだ。

 そこで、凪原は急に息を呑んで口を閉ざした。

 マフラーに半分埋まった顔で、表情が強張っている。

 相手が興味を持たないことを話しすぎたと思ったのだろう。 

 それは僕も同じだ。

 しどろもどろになりながらも、彼女が知っていそうな70年代ネタを次々に挙げて話をつなぐしかなかった。

「そうそう、グラムロックとかスピードとかサイケデリックとか……」

 凪原は、再びマフラーから口元をのぞかせて曖昧に笑った。

 行こうかと促すと、ためらいがちにコクンと頷く。

 結局、店を出るまに彼女が知っていそうな話題は尽きて、僕は自分の話を始めてしまった。

「70年代のSFってさ、妙にこだわってるようで、どっか雑なんだよ」

 さっきのアニメにしたってそうだ。

 主人公はメカに乗り込むのに、毎回崖からバイクで飛び出す。

「いったい何台バイク潰してんだって話」

 オチをつけてみると、凪原はマフラーの奥でくつくつ笑った。

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