オタクに恋の風吹く
その頃、僕が血眼になって探していた70年代SF特撮があった。
幻のロボットアクション『透明ロボットクックロビン』。
スポンサーの倒産で放送が打ち切りになったが、少数の根強いファンが世代を通じて残っている。
昔は早朝や夕方に再放送していたものらしいが、現在は制作会社も解散しており、フィルムも散逸してしまってなかなか復刻できないのが実情だ。
80年代に再放送をVHSで録画していたファンが動画サイトに断片的なエピソードを細々とアップしているので、何とかだいたいの話をつかめる程度だ。
真坂にも「倶楽部七拾年」で見られないかと聞いてはいるが、まだ色よい返事はなかった。
ネット上で販売情報を漁り、マイナーな会社が商品化しているかもしれないのでレンタル店のチェックも欠かさない。
もちろん、レンタル店のチェーンにも経営方針というものがあるので、作品の傾向を見極めなければならない。
さらに、店舗によっては置いてある作品の傾向が全く違うのだ。
ときどき、クラスの生徒を見かけることもあるが、そんなシロウトどもに、この違いは理解できるものではない。
もっとも、ものの分かる玄人もいるようで、この半月ほどは、マイナーな作品のはずなのに巻が不自然に抜けているシリーズがあちこちの棚にあった。
さて、集会のあった次の日も、僕はその店に足を運んだ。
店の中をぐるりと歩いてみたが、もちろん、『透明ロボットクックロビン』はそうそう商品化されるものではない。
仕方なく、行きがけの駄賃に別のDVDを探すと、やはり抜けている巻があった。
ないと思うと余計に見たくなるもので、僕は返却直後の巻が無造作に並べてある棚を漁ることにした。
傍目から見ると実にいやらしい光景であるが、ムキになっている本人はそれに気が付かないものである。
徹底的に調べ上げてもなお見つからないので、仕方なく帰ろうと思っていると、生地の厚いスラックスをはいたダウンジャケット姿の小柄な少女がカウンターに立ったのが目に入った。
長い黒髪にお姫様カット。
凪原あきらだった。
僕は思わずレンタル品の並んだ棚の陰に逃げ込んで、様子をうかがった。
彼女だってDVDくらい借りるだろうが、この店というのは意外だった。
基本的に、最新のものは絶対に置かない(置けないのかもしれないが)変わった店なのだ。
何を借りたのか気になったが、そんなことは普通、客も店員も口にしないものだ。
なぜなら、それがAVの場合だってある。客にとっては死活問題となるプライバシーだ。
ところが凪原は、わざわざ作品名を口にして返したのだった。
僕が探している、巻の抜けた特撮SFの名前を。
凪原はDVDを返すと、カウンターから立ち去った。
棚の後ろで縮こまって彼女をやりすごしながら、僕は考えた。
……さて、店員に声をかけるや、かけざるや。
戻ってきたDVDを店員がすぐに出してくれればいいのだが、それは必ずしも期待できない。
だからといって、いつまでも待っているのはバカバカしかった。
それならば、直接店員に声をかければいいのだが、そこまでやるのは何だか図々しいようで、気が引けた。
たかがDVDくらいのことでくよくよ悩んでいると、「よっ!」と僕の肩を叩く者があった。
真坂くらいしかやらないことだったが、声は女性のものだった。
ふいと横を見れば、凪原である。
どうして?
なんで僕なんかに?
もうDVDなんかどうでもよくなって店の外へ駆け出すと、凪原が追ってきた。
肩をぐっとつかんで引き寄せられる。
「逃げなくてもいいじゃない、秋月君」
女子に名前を呼ばれたのも初めてだ。
じたばたしたが、意外に力が強い。
手を強引に引きはがすわけにもいかないので、観念した。
かといって、何を話していいのか分からない。
そのまま棒立ちになるしかなかった。
凪原は構わず、話し続ける。
「こういうの好きなんだ。なんていうか……SF?」
ちょっと迷った。
はいと答えればオタクと思われる。
まあ、本当のことなんだけど。
違うと答えたって、話は続きもしなければ、オチもつかない。
左右の足へ微妙にバランスをふらつかせながら、僕はもじもじとその場に立ちすくんだ。
そんな僕をじっと見つめていた凪原は、やがて「またね」と言い残して歩き出した。
小さな声で、どこかで聞いた歌を口ずさみながら。
グラムロックのリズムに乗せた、70年代当時としては特撮はおろか、歌謡曲としても斬新だった曲。
それは、僕が探し求めていた『透明ロボットクックロビン』のオープニングテーマだった。
驚かないぞ バンババン
誰も知らない バンババン
透明なんだぜ ギューン!
大巨人
銀河ボウガン 無敵
真のパワーも 無敵
俺の行く先 この調子
捕まえてみろ ババン
捕まえてみろ ダダン
だけど俺を探さないでくれ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます