恐るべき牽制の紳士淑女協定

「じゃあ、俺はこれで」

 真坂の声が聞こえて、すっかり夢中になっていた僕は悪の組織シャイロックとの戦いから現実に引き戻された。

 25分ものを1本見終わると、会は終了なのだ。

 ああ、と返事をする間もなく、さっきまで一緒になって70年代アニメを見ていた同好の士は、再びマスクをつけて伊達眼鏡をかけた。

 真坂とは、今年の4月に同じクラスになってからの付き合いだ。

 正直、僕は趣味の違う相手とはそれほど深くかかわりたくはない。

 しかも、背が低くて小太りで、動作も鈍いことは自覚している。

 たぶん、クラスではキモオタのレッテルを貼られているだろうが、そんなことは別に構わない。

 言いたい奴には言わせておけばいいし、別に人に好かれたくもない。

 僕には、僕の趣味があればいいのだ。

 一方で、真坂は背も高く、鼻筋もすっと通っていて、二重瞼の目はぱっちりと明るい。

 当然、女子にはモテたが気取る風は全くなく、男子に対して適度に冗談も言えば下ネタも絶妙のタイミングで入れてくる。

 つまりは、どこに出してもいい顔ができる奴だ。

 普通に考えれば、僕と真坂の間には越えがたい溝があるはずなのに、春の遠足のグループ分けでお互い仕方なく言葉を交わしてから、妙にウマが合った。

 僕の前では、真坂は余計なことは一切しゃべらない。

 別に無理に話したい事などないから僕も黙っているのだが、どうやら真坂はそれが楽なようだった。

 人前では、いつも笑っているのだが、僕の前では眉一つ動かさないこともある。

 嫌われまいとしてキャラをつくっているんだということが、最近ようやく分かってきた。

 意外なのは、僕と同じ趣味を持っていたことだった。

 しかも、モテるのに彼女はいない。

 真坂が言うには、凪原なんかは男子同士が「抜け駆けなし」の紳士協定みたいなものを結んでいるということだった。

 ということは、女子も真坂をめぐってけん制しあっているということなのだろうと僕は思っていた。

 まあ、オタクのレッテルを貼られて長い僕には関係ないが。

 そもそも、時間の流れは僕だけ違う。

 年賀状シーズンに、冬コミの原稿を書いている人たちのように。

 そんな人たちとも、僕は関係ない。

 なぜなら、70年代のSFは、どんどん消えていく。

 探そうとしても、せいぜい動画サイトで違法アップロードされた海賊版ぐらいしか見当たらない。

 だから、この「倶楽部七拾年」は僕にとって他人との唯一の接点といえなくもない。


  僕もこの会の奇妙なルールに則り、再びマスクをつけて伊達眼鏡をかける。

「先に出るから」

 そういうことになっている。

 なぜなら、新入りの僕は部屋の鍵を預けてもらえないからだ。

「俺、バイトだからこっちへ」

 真坂がバイトで忙しいことは、「倶楽部七拾年」に入ってから知った。

 水臭いとは思わない。

 プライバシーに余り触れなくて済むのは、僕としても気が楽だ。

 午後五時前だというのに、もうすっかり暗くなっている。

 蛍光灯の切れかかった、古い鉄製の階段を下りる。

 これが「倶楽部七拾年」集会日の放課後スケジュールだった。

 自宅は学校を挟んでアパートとは反対の方角にあるので、僕はもと来た道を帰らなくてはならない。

 別に苦にはならなかった。

 むしろ、気持ちは舞い上がっている。

 それはきっと、道草食って触れた70年代のおかげだったろう。

 地味で野暮ったいけど、心のどこかにぽっかりと穴が開いたようにすがすがしい70年代の。

 学校までの道筋では、コンビニや書店、スーパーが立ち並ぶ明るい住宅街で凪原あきらとすれ違うこともあった。

 もちろん、僕など完全無視だ。

 受験意識の高い生徒のために放課後は特別講習が組まれているから、それに出ていたのかもしれない。

 その日は、確か出がけに校門を出ていくのを見たはずだったが、やはり凪原とすれ違った。

 ずいぶん急いで飛び出していったようだが、何があったのだろうか。

 少し気になったが、考えるのはやめた。

 僕には関係ないことだったからだ。

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