オタクの秘密組織うごめく
その日の放課後になっても、僕は教室の黒板側にあるに残って凪原が取り巻き連中と何を話すのか気になっていた。
それとなく耳をそばだてていたが、彼女はもう70年代ネタを口にはしなかった。
5時間目にあれだけドン引きされたネタだから、控えるのは当然だろう。
そう思って帰ろうとすると、教室の出入り口の外から、真坂幸平が首だけ出して目くばせした。
カバンを持って、黒板から遠いほうの扉を開けて外に出る。
真坂は僕の前を通り過ぎて、昇降口へと向かう階段がある方へ廊下を曲がっていった。
追いつくことができたのは、校門を出たあたりだった。
「これ見ろよ」
真坂がカバンの中からごそごそ取り出したのは、一枚のリーフレットだった。
どう見てもパソコンで合成したのをプリントアウトしたとしか思えない荒い画像。
だが、それは明らかに70年代アニメ『商人戦隊ボルタック』のものだった。
「もう出来たのか?」
真坂は答えもしないで、マスクをつける。
こんな季節だから不自然ではないが、別に風邪をひいているわけでもインフルエンザ予防でもない。
行こう、とささやきながら、真坂は伊達眼鏡をかける。
そそくさと歩き出すのを追いながら、僕も同じようにマスクをかけ、タイプの違う伊達眼鏡をかけた。
やっと、見られる。
1977年に「マグネットシリーズ」第2弾として放送されたが、余りに主人公メカが格好悪いのでほとんど再放送されることもなく、忘れられてしまったアニメだ。
日本が安定成長に入った頃、地球の経済を裏で操ろうと目論む悪の商人ボルテウスが、秘密組織シャイロックを結成して繰り出す怪物ロボット。
それに立ち向かうのが、正義のビジネスマンたちによるスパイ組織「ボルタックシークレット」だ。
選び抜かれた個性的な5人の若き企業戦士たちが遠隔操作で操る合体ロボット「ボルタック」。
状況に合わせて木火土金水の五行になぞらえた5タイプのパーツがどう組み合わされるかが、毎回の目玉だったという。
「やっと来たか……」
つい口元が緩んでしまうが、マスクをしているから、呆けた顔が人に見られる心配はない。
グラウンドからは、マーチングバンド部が全国大会に向けて練習する曲が聞こえてくる。
それに背を向けて下校する帰宅部たちに紛れて足を速めると、それに勝る勢いで僕を追い抜いて行った女生徒がいた。
凪原あきらだった。
すさまじいフットワークで生徒たちの背中をすり抜けていく彼女を何とはなしに見送りながら、僕は一瞬だけ見えた彼女の耳元で髪が切り揃えられていたのを思い出した。
古典の授業で聞いたことがあるが、平安時代は「尼そぎ」と言ったらしい。
70年代のアイドルが使い始めたときは「昔のお姫様のようだ」ということで「姫カット」と呼ばれ、当時の少女マンガでロングヘアのヒロインはたいてい、この髪型だった。
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