昭和にハマったクールビューティ

 あれは、地元の高校に入学した年のことだった。

 2学期も終わりに近づいた、ある日の昼休みの終わり頃。

 僕は意外な人物が意外な言葉を口にするのを聞いた。

 教室の黒板側にある出入り口近くの席からでも、窓際で話し込む女子たちの会話は分かる。

 彼女は、どういうきっかけからかはよくわからないが、ずいぶん古いネタを使った。

「かかわりのねえことでござんす」

 それは、70年代の人気時代劇で、三度笠のヒーローが毎回のように口にする殺し文句だった。

 凪原あきらには、似つかわしくない。

 だから「なにそれ」と周りの女子から軽い突っ込みが入るネタだったのも無理はなかった。

 そもそも彼女はクラスではかなり可愛いほうで、取り巻きも多い。

 女子高校生としても、かなり小柄な身体は、長い黒髪とはかなりアンバランスだ。

 ちょっと気になってはいたけれど、僕としてはそこまでだ。

 入学して半年を越せば、クラス内あるいは同学年内の立ち位置というかキャラというか、それ相応の扱われ方や振る舞いが決まってくる。

 つまり凪原は、僕とは違う世界に住む美少女だった。

 少なくとも70年代時代劇ヒーローのセリフをネタに笑いを取るタイプじゃない。

 だいたいヒーローといえば、「弱きを助け、強きを挫く」のが相場だが、このドラマはちょっと違った。

 弱いものがいじめられている現場に出くわしても、助けない。

 この一言を残して去っていくだけだ。

 だが、残された者は、見守られていると信じて猛然と立ち上がり、窮地を脱するのだった。

 それでも、巨大な暴力には敵わない。

 個人の力ではどうすることもできなくなったときにこそ、この男は一陣の風と共にやってくる。

 なぜ僕がこんな古い時代劇を知っているかというと、毎日のように再放送を見ていたからだ。

 小学生の頃、帰りの会が終わっても道草食って遊ぶ相手はいなかった。

 まっすぐ帰宅して、そのままテレビを見ていると、この番組が始まる。

 終わるころにはも、町の広報無線で「焚き火」(作詞 巽聖歌 作曲 渡辺茂)が流れ、「暗くなるから子どもは帰れ」と促すメッセージが入るのだった。

 だが、これは友達のいなかった僕だから知っているのだ。

 どう考えても、彼女はそのタイプではない。

 やがて昼休みの終わりを告げる午後の予鈴が鳴って、次の時間の教科担当がやってきた。

 凪原は歌いながら席に戻る。

 70年代グラムロックのリズムだった。

 のちにビジュアル系バンドに引き継がれていった独特のリズムは、SF特撮ドラマのオープニングにも使われたことがある。

「へえ、凪原はグループサウンズ知ってるのか」

 初老の教員だから、小学生ぐらいのときに聞いているはずだ。

「はい! 母がファンでしたので」

 そう明るく答える笑い方も、当時のアイドルっぽく見えた。

 つい見とれていると、ふわりと着席する凪原が一瞬だけ僕を見つめ返したような気がした。、

 やがて授業が始まったが、先生は懐かしさが抑えきれなかったのか、当時のアイドルの話を初めてクラス全員をドン引きさせた。

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