第522話 枝葉と新芽④

 同刻。

 街道沿い。大型馬車が潰された場所。

 そこは今、緊張に包まれていた。

 そこにはすでにコウタも含めて全員が揃っている。


「………」


 コウタは無言だ。

 馬車の残骸から取り出した長椅子に寝かせたリーゼにずっと付き添っている。

 リーゼに意識はない。

 荒い息を繰り返し、額に玉のような汗を滲ませている。

 メルティアたちも近くに集まり、神妙な表情でリーゼを見つめていた。

 なお、山賊どもは森にいた者も含めて全員捕縛して一ヵ所に集めていた。今は零号とサザンX、そして御者の青年が見張っている。


 そんな中、


「……ゴズ。メズ」


 アヤメが口を開いた。


「いるのでしょう? コウタ君の護衛ならあなたたちが就くはず、なのです」


「――は」「……ここに」


 シュンっと。

 片膝をつくゴズとメズが、アヤメの傍に現れた。

 アヤメは険しい表情で二人を見やる。


「焔魔堂でも最強の陰である『牛頭』と『馬頭』の名を受け継ぐあなたたちがいて、どうしてこんなことになるのです?」


「申し訳ありませぬ。アヤメさま」


 メズが深々と頭を垂れた。


「すべては我らが失態。いかなる処罰もお受けします」


 ゴズも頭を下げてそう告げる。

 アヤメは険しい顔のまま何かを告げようとするが、


「いいよ。アヤちゃん」


 それはコウタが止めた。

 ただその眼差しはリーゼを見つめたままだ。

 彼女の額の汗を、ハンカチで拭っている。


「彼らを責めないで。今回の件は誰かが悪い訳じゃない」


 そう告げる。

 全員がコウタに注目した。


「あえて言うのなら襲撃してきた方が悪いんだから。そして、相手がただの山賊だったらこんなことにはならなかった」


「……ああ。確かにな」


 そう呟いて、ジェイクが歯を軋ませる。

 潰された大型馬車の残骸に改めて目をやった。


「あれはただの山賊なんかじゃねえ。魔獣遣いなんてとんでもねえのが山賊なんぞになっていてたまるかよ」


「ボクとリーゼが対峙したのは二人の女性だった」


 コウタが皆の方に振り返る。


「一人はリーゼが知っていた。エリス=シエロ。二十代前半ぐらいの人でエリーズ国の騎士だそうだよ」


「エリーズの騎士ですか? どうして騎士が山賊と?」


 メルティアが眉をひそめると、コウタは「分からない」とかぶりを振った。


「分かったのはその人の素性だけだよ。それ以上を探ることは出来なかった」


「……もう一人の方はどうだ? 面識はないのか?」


 腕を組んでエルが言う。

 コウタはエルの方に目をやって、これにもかぶりを振った。


「流石に騎士ではないと思う。分かったことは立ち姿からして山賊レベルじゃない。たぶん騎士であるエリス=シエロよりも強いということだけだよ」


「……エリーズ国の騎士団が関与しているの?」


 アイリが眉をひそめた。


「……リーゼを狙っていたのはリーゼが将軍の娘だから? まさかクーデターとか?」


 アイリの台詞に、エリーズ国出身のジェイクとメルティアがギョッとした。

 しかし、コウタだけは首を横に振って、


「それはたぶん違う。少なくともエリス=シエロたちは、リーゼを『レイハート将軍の娘』と認識して襲ってきた訳じゃないみたいだ」


 会話の内容からして、それは間違えていないはずだ。


「標的を個人に決めていたというよりも、条件に一致する人間を探していた感じかな」


 あえて言うのなら、標的は『貴族』だったということだ。

 そしてたまたまリーゼが一致したということだろう。


(……リーゼ)


 コウタはリーゼの額の汗を再び拭った。

 だが、すぐに汗は滲み出てくる。

 症状は徐々に悪化しているようだ。


「…………」


 コウタは少し考えて、リーゼを両腕で抱き上げた。


「コウタ?」


 メルティアが声をかける。


「どうしました? まさかリーゼの容体が――」


「ううん。それは大丈夫」


 リーゼを抱きかかえたまま、コウタはメルティアを見やる。


「安定とは言えないけど、そこまで悪化はしていない。だけど」


 一拍おいて、


「ここは安静にさせるのに向いていないから。これからボクはリーゼと一緒に異界の宝珠を使おうと思う」


「ああ。なるほどな」


 ジェイクがポンと手を打った。


「あそこなら確かにここよりもずっと安全か」


「でしたら閣下」


 リッカが一歩前に踏み出した。


「私がリーゼさまをあの場所にお連れいたします。私はあの場所に最も詳しいですし、看護するのでしたら同性である方が色々と融通が利くと思われます」


 そう進言するリッカだったが、コウタは「……いや」と答えた。


「ボクもあの場所には詳しいから大丈夫だよ。ただボクの本音としては――」


 コウタはリーゼを強く抱き寄せる。


「今はリーゼの傍を離れたくない。そう思っている」


「……承知いたしました」


 リッカは足を止めて頭を垂れた。


「……コウタ」


 代わりにメルティアが前に出た。

 コウタの前にまで進み、苦痛で顔を歪ませるリーゼの顔を見やる。


「……リーゼは」


 リーゼの汗をハンカチで拭いながら、メルティアは言う。


「私の大切な友達です。今では一番気を許せる相手です。そして彼女とは……」


 そこで金色の瞳を優しく細めて、


「きっと、彼女とは家族になる。そう思っています」


「それはわらわも同意じゃ」


 そう告げるのは、これまで沈黙していたリノだった。

 馬車の残骸に腰を下ろし、足と腕を組んでコウタたちを見つめている。


「コウタはどうにも訳アリの女ばかりを好むからの。将来を鑑みれば、あらゆる面で有能な蜂蜜ドリルは必要不可欠な存在なのじゃ。だからの」


 リノは笑った。

 そして、


リーゼ・・・を頼むぞ。コウタよ」


 そう告げた。

 コウタは「うん」と頷いた。


「それじゃあ行ってくるよ」


 コウタの手にはすでに異界の宝珠が握られていた。

 そして二人の姿は掻き消える。

 たまたま、その様子を見た御者が「ひえッ!?」と驚いていた。


「さて。これでリーゼのことはコウタに任せればいいが……」


 エルがリノに目を向けた。


「リノ。お前はさっきから何を悩んでいる?」


 そう尋ねる。

 ジェイクたちもリノに視線を集めた。


「やっぱ、あのリノ嬢ちゃんのことを知っていた男についてか?」


 ジェイクが言う。

 あの男こそが最も異様な存在だった。

 あの男は断じて山賊などではない。


 もっと深く。もっと暗く。

 それこそ深淵の闇の底に潜むような人間だ。


 サザン伯爵が追ったが、まだ帰ってくる様子もない。

 果たして、あの男を捕らえることは出来たのだろうか……。

 全員がリノを静かに見つめた。


「……分からぬ」


 足を組み直して、リノは嘆息した。


「先程から必死に記憶を探っておるのじゃがな。察するにわらわの実家の家業関連の者とは思う。声は聞いたことがあるような気もせんでもない。しかし、それだけではのう。せめてあやつの名を聞くか……」


 天を見上げて、彼女は双眸を細めた。


「顔を見ることが出来れば、はっきりすると思うのじゃがのう……」


 そう呟いた。


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