第516話 放浪の騎士、再び④
一方、森の中。
戦闘を開始しておよそ五分。
山賊どもは、コウタとリーゼによってほぼ一掃されていた。
最後の一人もコウタによって地面に叩きつけられたところだった。
流石に大立ち回りだったリーゼは少し息を乱しているが、相手の力を利用したコウタは汗もかいていない涼しい顔だった。
「さて」
コウタはザーラとエリスに目をやった。
「後はあなた方だけです。まだ続けますか?」
そう告げる。
「ちなみに馬車の方にもボクやリーゼと同じぐらい強い人が複数人います。これぐらいの人数だと相手にもならないと思います」
「……最近の学生は」
ザーラは嘆息して肩を竦めた。
「どうなってんだい。皆そんなに強いのかい?」
「まあ、流石に彼は例外でしょうが……」
リーゼがコウタをちらりと見やる。
「彼は主席。わたくしは騎士学校では第二学年の次席になりますわ。馬車の方には三席もいます。彼も戦闘だけならばわたくしに引けを取りませんわ」
「……成績上位陣ってことか。なんでそんなのが揃ってこんな場所にいるんだい?」
探るようにそう尋ねるザーラに、
「答える必要はないでしょう。それよりも」
そう返しつつ、リーゼはエリスの方に目をやった。
「あなたのこと、思い出しましたわ」
「……え?」
エリスが目を瞠る。
「確か名はエリス=シエロでしたわね。エリーズ国騎士団の中級騎士」
「…………」
「才媛で知られるイザベラ=スナイプスの同期の騎士ですわね。まだ中級騎士ですが、彼女も劣らず優秀であるとお父さまが仰ってました」
「……レイハート将軍が? 私を?」
エリスは驚いた顔をした。リーゼは「ええ」と頷く。
「父を含めて四将軍は将来有望な騎士の名は一通り把握しているそうです。特に父はあなたの質実剛健な仕事ぶりを高く評価されていました。上級騎士になった暁には父の直属にとお考えになられていたようですが……」
リーゼは表情を曇らせた。
「どうしてあなたがこのような場所にいるのです?」
「…………」
エリスは沈黙する。
実のところ、エリスは一ヶ月前に上司によって殉職届が提出されている。
事実上、死者ということになる。
しかし、その期間、旅に出ていたリーゼには知る由もなかった。
「……そう」
エリスは双眸を細めた。
「結局、焦っていたのは私だけだったのね。閣下たちは見てくれてたんだ」
そこで強く短剣の柄を握りしめる。
「ありがとう。感謝するわ。少しだけ報われた気分になったわ。けど、私はもうエリーズの騎士じゃないの。ザーラだけの騎士よ」
すうっと短剣を横に薙ぐ。
「悪いけど、閣下のご息女であっても捕らえさせてもらうわ」
「……そうですか」
リーゼは小さく嘆息した。
次いでコウタの方を見やり、
「彼女の相手はわたくしが致します。よろしいでしょうか?」
「うん。任せるよ。けど、気を付けて。彼女は強いから」
「心得てますわ。でなければ父が彼女の名を口にしないでしょうから」
コウタは「うん」と頷いた。
「ボクはもう一人の人を相手するよ」
言って、自然体で歩き出す。
緊張感などない野原でも歩くような趣だ。このまま手の届く範囲にまで入ったら、ザーラは一瞬で地面に叩きつけられるに違いない。
「……何度も見てもとんでもないねえ」
ザーラは小さく溜息をついた。
「あたしの
言って、ザーラは片手を高く上げた。
コウタは足を止めて、訝し気に眉根を寄せた。
ザーラはニヤリと笑うと、パチンッと指先を鳴らした。
直後、空を切り裂くモノが現れる。
「――ッ!」
コウタは後方に跳躍した。
ズズンッと突き刺さるそれは折れた大樹だった。
その後も次々と放たれる木々。
折られた木々は、墓碑のように大地に乱立する。
コウタは後退を余儀なくされた。
「――コウタさま!」
リーゼが叫んだ。
「大丈夫! リーゼは彼女たちを警戒して!」
そう告げるコウタだったが、次の瞬間、目を瞠った。
目の前に巨大な魔獣がいたからだ。
体長は五セージルほど。
黒い体毛を持つ大猿――《暴猿》だ。
(―――な)
流石にコウタも唖然とした。
木々の攻撃はてっきり近くに潜んでいた鎧機兵の仕業だと思っていたのだ。
だが、それは目の前の魔獣が行っていたことだった。
そして――。
「ガアアアアアアッッ!」
直撃すれば上半身が肉片になる巨拳が襲い掛かる!
コウタは咄嗟に後方に跳んだ。
両足を巨拳に向けて着地。膝のクッションで衝撃を殺す。
今度は膝を伸ばして拳の勢いに乗った。どうにか直撃は凌いだが、コウタは魔猿の腕力で砲弾のように吹き飛ばされてしまった。
魔獣は咆哮を上げると、すぐさまコウタを追って跳躍した。
「――コウタさまッ!」
リーゼが叫んで、コウタの後を追おうとする――が、
「ちょい待ちな」
ザーラが立ち塞がった。エリスもリーゼの後方に移動した。
「あんたの相手はあたしらさ」
そう告げて、口角を上げるザーラ。
「残念だけど、あの坊やは諦めることだね。確かにあの子はバケモンだ。けどね」
そこで大仰に肩を竦めた。
「幾ら強くても人間さね。魔獣を相手に生身で勝てる訳がない」
「……あなたは」
リーゼはギリと歯を鳴らした。
「どうやって、魔獣の使役などを……」
「正確に言うと、あたしが操ってる訳じゃないけどね」
ザーラが苦笑を浮かべた。
「過保護するあたしの愛しい男が見繕ってくれたのさ。あたしを守るためにね」
「……ザーラ」
すると、エリスが半眼を見せた。
「何それ? あなたの男? 女じゃないの? それは聞いてないんだけど?」
「ははッ! 嫉妬すんなよ! エリス!」
ザーラは豪放に笑った。
「実はあたしは両刀なんだよ! クールで渋い男。そんで綺麗で強い女が大好きなのさ。まあ、割合はだいぶ女に偏ってるけどね!」
「……ザーラ。あなた、秘密の後出しが多いわよ」
エリスがますます半眼になる。
だが、ザーラは気にしない。
「ははっ! エリス。あたしのこと
「……うっさい」
そう返すエリスに、ザーラは微かに双眸を深める。
それから、何事もなかったかのようにニカっと笑い、
「まあ、確かにあたしにとってあいつは特別さね! けど、それはあんたも他の子たちも同じさ! あたしの愛は底なしだ! みんな愛してやるから気にすんな!」
「……あなたねえ……」
エリスは額に片手を当てて溜息をついた。
「もう。後でちゃんと説明しなさいよ。それより今は……」
「ああ。そうさね」
ゴキンッとザーラは手を重ねて拳を鳴らした。
「まずはこの子を確保してからだね」
緊張を隠せないリーゼを見やる。
「大人しく投降することを勧めるよ。痛い目に遭わずに済むからね。むしろ夢心地な気分にさせてあげるよ」
「……ザーラ。ああ~もう……」
エリスは諦めたように先程より盛大な溜息をついた。
「確かに底なしの愛ね。まあ、あなたの計画からすると、相手が女の子ならそれは避けれないと思ってたけど」
「まあ、そこは相手によるところだったんだけどね。流石にこんなレベルの子を見ちまうと食指がうにうに動いてさ!」
「……はァ。私もそれにやられちゃったってことか」
と、エリスが言う。
戯言のようなやり取りだが、二人とも隙はない。
リーゼは「く!」と短剣を抜いて身構えた。
しかし、実力者相手に一対ニはあまりにも不利だった。
そしてザーラとエリス。
二人は同時にリーゼへと駆け出した――。
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