第515話 放浪の騎士、再び➂
『フハハハハハハハハハハハハハ―――ッ!』
夜の街道に声が響く。
ガンガンガンと。
ゴーレムたちの拍手も響く。
黒衣の男も含めて、ジェイクたちは何も言えず沈黙していたが、
「あ、あのさ」
思い切ってジェイクが口を開いた。
「伯……じゃなくて
『フハハハ―――む?』
純白の鎧機兵がジェイクの方を見やる。
『どうしたかね? 少年』
「え、えっとさ」
ジェイクは顔を強張らせて問う。
「あんた、何しに来たんだ?」
『フハハハッ! 決まっておろう!』
『我が宿敵! 悪竜の騎士と相まみえんためよ!』
「……悪竜の騎士ってのがコウタのことなのは分かるけど……」
メルティアに抱き着いたアイリが眉根を寄せて尋ねる。
「……どうして? 別に戦う必要はないと思うけど?」
『ん? いや、それはシンプルな話だぞ。幼き少女よ』
伯爵……もとい
『偶然にも我が宿敵がこの地に来たと聞いたのでな。ならば手合わせをしようと馳せ参じたということだ!』
(うわあ、この伯爵さま……)
ジェイクは再び顔を強張らせた。
要はこの伯爵さま。今回は小細工も策略もなしに真っ向から手合わせに来たのだ。
謀略や策略が得意なイメージがあったので、これは想定していなかった。
『だが、どういうことかね?』
純白の鎧機兵は周囲を見渡した。
街道沿いの森。待機する大型馬車。
少年少女たちと、御者らしき青年。
他には、はしゃいでいる小さな騎士たち。一人は何故か兜兎に乗っている。
ここに目的の少年はいない。
そしてそこら中に、倒れ伏す山賊どもの姿があった。
『察するに山賊に襲われ、返り討ちにしたようだが……ふむ』
鎧機兵はとある木の上に目をやった。
そこには黒衣の男が佇んでいる。
『問おう。貴公が山賊どもの頭目か?』
「さあな」
それに対し、黒衣の男は肩を竦めた。
「頭目ではないが、この場は任されたので私は頭目代行といったところか」
『そうか』
ブォンッと
『実は
《アズシエル》は両腕で
一切の隙も無く黒衣の男を眼光で射抜く。
『貴公からは強者の匂いだけではない。混濁とした奇妙な匂いでもあるが、強烈な悪の匂いもする。さて』
一拍おいて、
『宿敵との手合わせを望んできたが、この
「…………」
黒衣の男は無言だ。
一方、ジェイクたちは何とも言えない顔をしていた。
とりあえず味方をしてくれるようだが、これまでの行いを振り返ると、彼の善悪の基準とはなんなのだろうかと思っていた。
『投降を勧めよう』
「……有難い申し出だが」
黒衣の男は片手を上げた。
「お断りする。私が捕まっては拗ねてしまう女がいるのでな」
言って、パチンッと指先を鳴らした。
その直後のことだった。
不意に月明かりが何か巨大なモノに遮られたのだ。
『ッ! 避けろッ! 少年少女!』
その声と同時に全員が動いた。
リノは鋭く舌打ちして、メルティアとアイリに体当たりする勢いでぶつかって、そのまま二人を押し倒した。「……メルサマ! アイリ!」「……ヒメ!」と零号とサザンXが倒れた三人の前に立って壁と成った。
ジェイクは、唖然とする御者の青年の腕を掴んで力尽くで引き寄せる。
馬車の近くにいたアヤメは後方へ跳躍。
少し離れていたリッカとエルは腕を交差させて身構えた。
そうして、
――ズズゥンッッ!
いきなり馬車が破壊された!
上空から飛んできた巨大な物体に押し潰されたのだ。
木片や車輪が飛ぶが、幸い誰にもぶつかることはなかった。
濛々と土煙を上げて潰された馬車の上に立つのは一頭の熊だった。
――いや、正確には熊ではない。
その体躯は七セージルほど。背中には岩のような外皮を持っている。
――《
サザン近郊の森の奥に住まう魔獣の一種である。
岩の外皮を持つ巨熊は咆哮を上げた。
ジェイクたちは息を呑み、御者は「ひいいッ!」と頭を抱えて震えた。
『――魔獣だと!』
《アズシエル》が
それは《甲熊》が後方に下がったために空を切る。
だが、元より生身の少年少女から引き離すための牽制だ。
唸り声を上げる巨熊を警戒しつつ、
『貴公ッ! よもや魔獣を操っているのか!』
「操っているとは違うな」
黒衣の男は言う。
同時にのそりと木々の間から巨大な影が現れた。
黒い体毛に覆われた六セージルほどの巨大な猿。
これも魔獣。名を《
魔猿は右掌を上に向けて黒衣の男の方に差し伸べた。
黒衣の男は魔猿の掌に降り立った。
「彼らはただ私のことを
『……戯言を』
強く
「いずれにせよ、私はそろそろお暇させていただくよ。これ以上ここで暴れて、姫君の反感を買うことだけは避けたい」
黒衣の男がそう告げると、《暴猿》が咆哮を上げて跳躍した。
木々を越えて森の奥へと消えていく。
『――待て!』
《アズシエル》が追跡しようとすると、
「ガアアアアアアアアッ!」
咆哮と共に《甲熊》が突進してきた。
そして、
『―――フッ!』
――ザンッ!
一刀のもと、《甲熊》を両断する!
しかし、出遅れてしまった。
『そこの少年!』
『
「あ、ああ。分かった!」
ジェイクは頷いた。
直後、《アズシエル》は跳躍した。
運が良ければ追いつけるだろう。
「……どういうことだよ」
両断された《甲熊》の死骸に目をやりつつ、ジェイクは呻く。この場を任されることを即座に承諾したのは、ジェイクもこの異常性に危機感を覚えたからだ。
「……オルバン」
神妙な声を掛けて、ジェイクに近づいてきたのはエルだ。
隣には困惑した顔のリッカとアヤメもいる。
御者の青年は腰を抜かしてまだ立てず、メルティアたちはゴーレムたちに手を引かれて立ち上がったところだった。
「私はこの国のことをよく知らないのだが……」
エルは眉をしかめた。
「この国では魔獣を使役する技術があるのか?」
「いや。聞いたこともねえよ」
ジェイクは拳を固めた。
「これまでそんなことが出来た奴なんて一人もいねえはずなんだ」
だからこそ、危機感を覚えたのだ。
それはあり得ないことだったからだ。
ゆえに、コウタと仕合うという目的も置いてまであの男を追ったのだ。
――あの黒衣の男を。
「……ありゃあ、一体何モンなんだ?」
ジェイクの問いに答えられる者はいなかった。
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