第七章 放浪の騎士、再び

第513話 放浪の騎士、再び①

 拳が唸る。

 あごに当たり、顔をひしゃげさせて吹き飛ばす。

 それだけで山賊の男は動けなくなった。


(……弱いな)


 拳を突き出して、ジェイクは率直に思った。

 不意に現れた山賊の襲撃。

 戦場は森の中から街道沿いの場所の傍にまで移動していた。

 馬車を背にしてメルティアとアイリ、御者の青年を守りながらの戦いだ。

 ボエトロンに騎乗した零号と、サザンXが専任して守っている。


 かなりの乱戦ではあるが、戦況は圧倒していた。

 なにせ山賊たちは数こそ多いが、ただのゴロツキの集まり。

 対し、こちらはジェイクを始め、戦闘力過多なメンバーが揃っている。

 恐るべきはコウタの嫁たちだ。


(改めて強いのばっかだな)


 内心で苦笑を浮かべるジェイク。

 リノの強さは今さら言うまでもない。

 愛機を返上しても、対人戦の実力は健在だ。意外にもメルティアを庇いながら、今も山賊のあごが直角に向くまで蹴り上げていた。


 お姫さまのエルも強い。

 対人戦は初めて見るが、それは正統な騎士の強さだった。

 相手の動きをよく見て、鋭い攻撃を繰り出している。身体能力も非常に高い。実にシンプルな強さである。もしかするとリーゼよりも強いかも知れない。


 アヤメもまた強い。

 この中でも理不尽なぐらいに強い。

 どこから取り出したのか金棒を振り回しているのだ。焔魔堂の本領である心角を出していないというのに、金棒は大の男が吹き飛んでいく威力である。

 山賊どもは彼女を一番恐れていた。


 最後にリッカ。

 山賊は全員が男であり、品性の欠片もない獣のような下衆ばかりだ。そのため、彼女のことを少し案じていたのだが、それは無用の心配だった。

 短剣を抜くまでもなく、素手で山賊どもをねじ伏せている。

 彼女もエル同様に正統な強さだった。流石は元騎士だけのことはある。


 そうしてようやく勝ち目がないと察したのか、


「ひ、ひいいいっ!」「ば、バケモンどもだあああ!」「に、逃げるぞ!」


 残り三人まで追い込まれた山賊どもが同時に逃げ出した。

 しかし、


「逃がさないのです!」


 アヤメが跳躍する。

 そして金棒を横薙ぎに一閃!

 男の一人が吹き飛ばされ、その先にいた二人も巻き込まれた。

 これで山賊どもは全滅した。


「これにて一件落着、なのです」


 ――ズン。

 と、金棒を地面に突き立てて胸を張るアヤメ。

 山賊どもは全員、屍のように倒れ伏していた。

 殺してはいないが、ピクリともしない。

 武闘派に属する花嫁たちは、的確に敵の意識を刈り取っていたらしい。


「とりあえずここは片付いたが、コウタの方はどうなんだ?」


 と、ジェイクが呟く。

 コウタたちの方も襲撃されている可能性があった。


「オルバン殿」


 すると、リッカがジェイクの元に駆けてくる。


「実は閣下から――」


 と、コウタからの言葉を伝えようとした時だった。




「……これは想像以上に使えない連中だな」




 不意に声が響く。知らない男の声だった。

 ジェイクたちは表情を険しくして声の方に目をやった。

 すると、そこには――。


「ザーラがうんざりする理由もよく分かる」


 木の枝の上に一人の男が立っていた。

 黒衣の外套を羽織る顔をフードで隠した男だ。


「……てめえも山賊さんかい?」


 ジェイクが問う。


「……さて。どうなのだろうな?」


 黒衣の男は苦笑を浮かべた。


「特に所属している訳ではない。だが、気付けばあいつの兵団とやらには入れられていたようだしな。はてさて、私は山賊なのだろうか?」


「いや。聞いてんのはオレっちの方だぞ」


 ジェイクは訝し気な顔を見せた。

 すると、


「……少し待て。オルバンよ」


 おもむろにリノが一歩前に出た。

 それから黒衣の男をまじまじと凝視した。


「……お主」眉根を寄せる。「わらわとどこかで会ったことはないか?」


「ふむ? 面識など――」


 と、答えかけたところで、黒衣の男は少し息を呑んだ。


「待て……お前、まさかリノ=エヴァンシードか?」


「……ほう」リノは双眸を細めた。「何じゃ? やはり面識があったのかの?」


「知り合いなのですか? ニセネコ女」


 と、アイリを庇いつつメルティアが問う。リノはあごに手をやった。


「多分そうじゃと思うのじゃが、どうにも思い出せんのじゃ。あやつの気配、雰囲気、どこかで会ったような気がするのじゃが……」


「……直接の面識はない」


 黒衣の男が答える。


「だが、お会いできて光栄だ。《黒陽社》の姫君。麗しき《水妖星》殿」


 そう告げた。

 ジェイクやメルティア、アイリは顔色を変えた。


「……ヌウ」「……アニジャ!」


 ゴーレムたちは前に出て、リノの隣に並ぶ。

 その名前を知らないエルとリッカ、アヤメは少し困惑しつつも警戒する。


「ああ~、なるほどのう」


 一方、リノはボリボリと頭を掻いていた。


「もしやこの襲撃はわらわが狙いだったのかの? くだんの伯爵は関係なしか?」


「あなたが狙い? まさか」黒衣の男は肩を竦めた。


「伯爵とやらは知らんが、あなたがいると知っていたのなら襲撃などしない。《九妖星》を敵に回すほど愚かではないつもりだ」


 一拍おいて、


「目的は別にあったのだが、これは流石に仕切り直しだな。《水妖星》殿。本当に申し訳なかった。ここは真摯に謝罪させていただきたい」


 言って、倒れ伏す山賊どもを指差した。


「そいつらは賞金首だ。派手に暴れていたからな。エリーズの騎士団に通報すればそれなりの額になろう。それと――」


 続けて、森の奥の方を指差した。


「ここから直進して一時間半ほど。そこに大きな洞窟がある。こいつらのアジトだ。そこには女たちが監禁されている。これも騎士団に通達すれば謝礼金が出るだろう」


「……なあ、あんた」


 ジェイクが険しい顔で黒衣の男に問う。


「いきなり仲間を切り捨ててるみてえだが、どういうつもりだ?」


「なに。ただの謝罪金だ」


 黒衣の男は迷うことなく言う。


「どうせ、こいつらは近日中には切り捨てる予定だった。それが多少早くなったところでザーラも怒らないだろう。さて」


 黒衣の男は懐からあるモノを取り出した。

 離れた仲間に発煙で連絡する信号弾だ。

 小さな大砲のようなそれを空に向けて撃ち出した。

 黄色い煙が真っ直ぐ昇っていく。


「私はこれでお暇させていただこう。お騒がせして済まなかった。《水妖星》殿」


 黒衣の男はそう告げた。

 だが、その時だった。


『フハハハハハハハハハハハハ――――ッ!』


 突如、哄笑が響いたのだ。

 ジェイクたちはギョッとする。


「……千客万来だな」


 黒衣の男はそう呟いた。

 ――ズズウゥンッ!

 大地に揺れる。

 夜を駆ける巨大な白き騎士が街道に着地したのだ。

 勢いあまって両足が地面を削るほどだ。


『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!』


 その純白の鎧機兵は大双刃ダブルハーケンを軽やかに舞わせた。


『声がする! 救いを求める心の声が!』


 回転する大双刃ダブルハーケンが加速する。


『泣くことはない! 悲しむことはない!』


 口上は続く。


『すべての嘆きはわれが断つ! 悪よ! 震えるがいい!』


 彼は雄々しく叫ぶ。

 大双刃ダブルハーケンは風を斬ってようやく止まった。


『いざ! 全天に正義を示すために!』


 そして彼は名乗った。


白金仮面マスク・ド・プラチナ、ここに推参ッ!』


 ――ドォンッッ!

 直後、純白の鎧機兵の後ろで、土煙が爆発するような勢いで噴き出した。

 恐らく恒力を後方から放出したのだろう。

 ちなみに爆風に巻き込まれて、倒れていた山賊が何人か吹き飛んでいる。

 ジェイクたちは唖然とした顔でその鎧機兵を凝視していた。


「ち、珍妙な……」


 思わずリノがそう呟いた。

 零号とサザンXは「……オオ!」「……ヤルナ!」と盛大な拍手を贈っていた。

 その一方で黒衣の男は双眸を細めていた。

 そして、


「予期せぬ姫君との謁見に加え、まさかのターゲットのダブルブッキングとはな。自分に幸運が舞い込むことがあるなどと尊大なことは考えてはいないが……」


 一拍おいて、男は嘆息した。


「やはり私はどこまでも不運のようだ」



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