第457話 御前試合④

「コウタの相手が決まったぞ」


 正午まであと三十分ほど前のこと。

 コウタの部屋に不意にエルが訪れてそう告げた。


「あ。そうなんだ」


 試合前の精神統一も兼ねて短剣の手入れをしていたコウタがエルに顔を向けた。

 試合ももう間近。三十分ほど前まではメルティアたちもいたのだが、流石に試合を気遣って席を外した。この部屋には今、コウタしかいなかった。


「誰……っていってもボクには分からないか」


 自分で言って苦笑を浮かべる。

 流石にエル以外の騎士とはまだほとんど面識がない。


「うむ。そうだな」


 腰に片手を当て、今は騎士服を着たエルが頷く。


「まだ顔も名前も一致しないだろうが、一応言っておく。相手の名はホラン=ベース。親衛隊の副隊長だ」


「……え?」


 コウタは少し驚いた。


「親衛隊ってエル直属の? ベテランの騎士の誰かじゃないの?」


 ゴルドやダイアンがコウタの実力を探っていたように、コウタの方も対談の間、相手側の実力を測っていた。

 コウタの見立てでは、親衛隊と呼ばれる女性騎士たちと、年配の騎士たちの間には実戦経験も含めて大きな隔たりがあると考えていた。

 そのため、試合には年配の騎士が出ると思っていたのだ。


「うん」


 頷きつつ、エルは眉根を寄せた。


「ホランがわざわざゴルド……出場予定だった騎士に直談判したらしい。少し難航したようだが、先程そう決まった」


「そっか……」


 コウタは手入れしてた短剣を納めて言う。


「直談判するなんて、その人、よっぽどエルのことが大切なんだね」


 自分の手で、お姫さまを誑かした男に天誅を降したい。

 きっと、そんな想いがあるのだろう。

 会談でも親衛隊たちの視線はどうにも険悪だった。

 コウタとしては胃が痛くなる想いである。

 けれど、エルの方は、


「そう……だと思う」


 少し困惑した声でそう告げた。


「エル?」コウタは膝に手を当てて、ゆっくりと立ち上がった。


 そしてエルの前に立って、


「どうしたの? もしかしてその人と仲が悪いの?」


「いや。彼女はベルニカお姉さまと同じぐらい信頼する人だ。ただ……」


 エルは、少し心配そうに眉を寄せた。


「どうも彼女の様子がおかしんだ。普段は活発というか男勝りな人物なのだが、今の彼女には全く覇気を感じられない」


「……覇気がないのに試合に出るの?」


 コウタも眉根を寄せた。


「どういうこと? 他の親衛隊の人からは、君の……その、まるで弔い合戦みたいな意気込みを感じたんだけど――」


 と、告げたところでふと思い出す。


「もしかして前髪が短い人? 黄色い髪の。横髪はふわってした感じの?」


 確かに一人だけそういった覇気のない人物がいた。

 ただ、彼女は時折、ゾッとするような暗い眼差しでコウタを睨み据えていた。

 それだけに強く印象が残る人物だった。


「ああ。その人物だ」


 エルは頷く。


「年齢は二十歳。私やベルニカお姉さまの部下だが、同時に友人でもある。男などには負けないという意気込みの者が多い親衛隊の中でも特にその意志が強い。学生時代からそうだったらしい。ただそれを貫けるぐらいの実力もある女性だ」


「へえ……」


 コウタは感心する。


「エルの友達か……」


 あの会談の時は、あまりそのイメージはなかった。

 けれど、


「うん。友人なんだ」


 エルははっきりと言う。


「だから正直、今の彼女のことは気がかりなんだ。コウタ」


 彼女はコウタの顔を真っ直ぐ見つめた。


「これはいい機会だと思うんだ。彼女の心を探ってくれないか?」


「それは剣でってこと?」


 そう尋ねるコウタに、エルは首肯する。


「彼女の剣は真っ直ぐだからな。きっと分かりやすい。もちろん、私も観戦しつつ窺ってみるが、直接対峙するコウタの方がはっきりと感じ取れるはずだ」


「う~ん、そっか。うん。分かったよ」


 コウタは少し迷ったが承諾した。


「正直、どこまで探れるかは分からないけど試してみるよ」


「そっか。ありがとう。コウタ」


 エルはそう言うと、襖から顔を出して廊下に誰もいないことを確認してから、


「うん。誰もいないな。コウタ。コウタ」


 クイクイ、とコウタを廊下の方に招き寄せた。


「どうしたの? エル?」


 コウタは不思議に思いつつもエルの傍に寄った。

 すると、


「……えい」


 エルが、コウタの背中に手を回して抱き着いていた。


「エ、エルっ!?」


 コウタはギョッとして動揺した。

 一方、エルは頬を膨らませて、


「……あのな。私は少し不満なんだ。だって帰還してから想像以上にコウタに甘える機会が凄く減ったから」


 そんなことを言う。


「特にメルティア=アシュレイが邪魔だ。他のメンバーも手強い。邪魔ばかりする。やっぱりあと一日はあの世界にいるべきだったと後悔している」


「……いや、エル……」


 コウタは心底困った顔をした。

 すると、エルは顔を上げて、


「まあ、あそこでは結ばれなかったけど、それはいずれだしな。ともあれ今はホランだ。試合の件も含めてコウタにはいきなり迷惑をかけてしまったけど……」


 エルはコウタの首に腕を回して顔を近づける。

 そしてコウタの頬にキスをした。

 コウタは目を丸くする。


「これは勝利を願う祈りだ。本当は口にしたいのだが、流石にそれはコウタがかわしそうだったからな。ともあれだ」


 エルはニッコリ笑ってコウタに願う。


「ホランのこと頼んだぞ。コウタ」


「……エル」


 コウタは少し恥ずかしく思いつつも苦笑を浮かべた。

 頬に手を当てる。

 お姫さまから祝福のキスまで頂いてしまった。

 これはもう頑張るしかない。


「……うん。分かったよ」


 コウタは力強く頷いた。


「……ん。ありがとう、コウタ」


 エルはお礼を言うと、上目遣いでコウタを見つめてくる。

 何かを期待している目だ。

 コウタは少し苦笑を浮かべつつも、エルをギュッと強く抱きしめた。


「頑張って。コウタ」


 エルもお返しとばかりにコウタにしがみついた。

 こうして、いよいよ。

 御前にいるはずの者が自ら戦うという御前試合が始まるのであった。









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