第455話 御前試合②

「なんかとんでもねえことになってんな」


 時間は少し遡る。

 ジェイクと、アルフレッド。

 そして、コウタの三人は彼の部屋に集まっていた。

 少年たちは囲うように胡坐をかいて座っている。

 コウタは、友人二人にこれまでの経緯を話していた。


 二年以上も閉じ込められた異世界。

 零号のこと。

 危険だと察した黄金の少年のことも。


 荒唐無稽な話ではあると自分でも感じたが、二人なら信じてくれると思って語った。

 語り終えた時、二人ともしばらく沈黙していた。

 そうして最初に口を開いたのが、ジェイクなのである。


「正直、信じ難い内容だけど……」


 アルフレッドも腕を組んで言う。


「コウタがここで冗談や嘘をつく理由なんてないしね。不思議な黒い剣も見せてもらったし。けど、これってメルティアさまたちにも伝えているの?」


 そうコウタに尋ねると、


「全部はまだ伝えてないよ」


 コウタが答える。


「特に零号のことはメルには言えなくて。最初に造ってからずっと一緒だった零号の中に別の人がいるなんて。まあ、神話だと厄災扱いの魔竜に対して言うような台詞じゃないけど、零号の中の人がいい人っぽかったことは良かったよ」


「……確かに《悪竜》相手に言う台詞じゃねえよな」


 ジェイクは苦笑いを浮かべた。


「結局、零号の性格自体は、中の人の素の性格なんだよな?」


「うん。ノリも口調もそのままだった」


 コウタは頷く。


「今度、一緒にひと狩り行こうって約束した」


「……いや、フレンドリーすぎるだろ。《悪竜》さん」


 ますますもってジェイクが顔を引きつらせる。

 アルフレッドも何とも言えない顔を見せていた。


「零号に関しては味方と考えてもいいと思う。付き合いも長いし、彼がメルを本当に大切にしているのはこれまでの行動からでも分かるよ」


「まあ、それは確かにそうだよな」


 ボリボリと、ジェイクは頭を掻く。

 零号がコウタ並みに過保護なことは彼もよく知っていた。


「そっか……。僕はコウタたちほど彼との付き合いも長くないし、だから、彼を信じるかどうかの判断はコウタたちに任せるよ」


 と、アルフレッドが言う。

 コウタとジェイクは頷いた。


「零号は信じてもいい。それで問題は黄金の髪の少年だ」


 コウタはそう本題を切り出した。


「零号の話だと、その少年はいわゆる神さまらしい」


「「………………」」


 ジェイクとアルフレッドは、流石に沈黙する。


「神さまや聖者、あと魔王っていうのは超越者たちの呼び名で、その特徴は文字通り力が超越していること。人格とかは全然無関係で零号に言わせると……」


 そこでコウタは渋面を浮かべる。


「強い分だけ傲慢で我儘。他者を玩具のように扱う者が多いって」


「……いや、それを『神さま』と名付けちゃダメだろう」


 と、ジェイクがツッコむ。


「そのツッコミはボクもしたよ」


 コウタは苦笑を浮かべた。


「けど、神さまと魔王の違いって創造能力があるかどうかなんだって。天地創造が神さまの最大の特権らしい。聖者は魔王と神さまの中間的な存在だって。ちなみに」


 そこで少し躊躇いつつ、コウタは言う。


「《夜の女神》さまも実在するんだって。身勝手な神さまたちが多い中で例外的なぐらいに人格者らしいけど、怒らせると凄く怖い人だって……」


「……まあ、伝承だと魔竜は女神に心臓を刺されてたっけ」


 と、アルフレッドが告げる。

 その表情は未だ少し引きつっていた。


「まあ、正直、天上世界の話なんてしてもボクらにはどうしようもないしね」


 そう告げて、コウタは嘆息する。


「ともかく、黄金の少年自身はたぶん傍観者でいるだろうって零号は言ってた。ボクらに気を付けて欲しいのは彼が用意する手駒の方だって」


「……手駒か」


 ジェイクの表情が鋭くなる。


「要は手下をぶつけてくるってことか?」


「うん」


 コウタは頷く。


「今回でボクは完全に彼に認識されてしまったらしい。昨日の巨人もその一つ。眷属っていう直属の手勢はなくとも、この世界の住人を手駒にするだろうって」


「……そう言えば」アルフレッドはあごに手をやった。


「昨日の巨人は聖アルシエド王国の司祭が核になっていたって話だよね」


 そう言って、コウタの方を見やる。


「あれと同じようなのが襲撃してくるのかい?」


「そう考えた方がいいらしい」


 コウタはこれにも首肯した。


「一方の話だけで決めつけたくはないけど、零号は本気で不快そうに言ってたよ」


 一拍おいて、


「神さまってのは強大すぎる力を持った子供だって」


「「…………」」


「一番嫌うことは自分の思い通りに行かないこと。万能の力を持っているからこそすべてが思惑通りに進めないと気が済まない。そういう人たちらしい」


「……我儘な上に度を過ぎた完璧主義者か……」


 アルフレッドがそんな感想を告げる。

 コウタは「うん。そうだね」と頷いた。


「いずれにせよ、ボクらは彼の手駒に対して備えないといけない」


「……神さまとか魔王とか、全然現実味がねえ話だよな」


 ジェイクは深々と嘆息した。


「どこまでマジかは分かんねえが、とにかく昨日の巨人に似た何かしらの危機は確実に来るってことか。この話も、メル嬢ちゃんたちにすんのか?」


「……うん。とりあえずは」


 コウタは少し躊躇しつつも答える。


「リノとアヤちゃん。エルとリーゼには話そうと思う。あと焔魔堂の人だと、ライガさんには話すつもりだよ。だけど、アイリとメルには零号のこともあるし、心配をかけたくないから、できれば避けたいと思ってる」


「お前さんは相変わらずメル嬢ちゃんには甘いな。けどよ」


 ジェイクは、パンと自分の膝を強く打った。


「もうそろそろ覚悟を決めろよ、コウタ。お前はメル嬢が好きなんだろ? 幼馴染としてじゃなく、一人の女の子としてだ」


「………う」


 コウタは言葉を詰まらせた。


「いい加減に腹を割ってメル嬢と話してみたらどうよ? 何も告げすに守ることだけが愛じゃねえだろ? つうかさ――」


 ジェイクは半眼を向けた。


「お前、もう大渋滞になってんじゃねえか。挙句にまた増えてるし」


「……うぐっ」


「神さまとか魔王とかの壮大な話は一旦後回しでいいさ。お前さんの本音としてはどうなんだよ? 本命は一体誰なんだ?」


「……ボ、ボクは……」


 親友の直球な問いかけに、コウタは遂に観念した。


「……メルのことが好きだ。一人の女性として愛してる」


「「おお~」」


 意外と男らしいコウタの台詞に、ジェイクとアルフレッドは感心した。

 しかし、コウタはこうも言葉を続けた。


「けど、リノのことも好きなんだ」


「「……ん?」」


「アヤちゃんも可愛い。リーゼだって大切だ。アイリは守ってあげたい。ジェシカさんはずっと会えてないので寂しい。エルは――」


 一拍おいて、


「異世界に閉じ込められた二年間、実はすっごく我慢してたんだ。彼女は彼女で無防備な子だったから。はっきり言って」


 コウタは真顔で言った。


「メルたちが心の中にいなかったら、とっくに理性が崩壊してた。絶対にキスぐらいはしてた。ううん、きっとそれぐらいじゃあ済まなかった。エルが王女さまだったと知った今でも、もう彼女を離したくないって思っちゃってる」


「――ぶっちゃけすぎだっ!」


 ジェイクは、コウタの頭に手刀を打ち落とした。

 アルフレッドは頬を引きつらせている。


「本命は全員かよ!?  お前そんなキャラだったか!? 二年の修行で何があった!?」


「し、仕方がなかったんだよォ」


 コウタは頭を両手で押さえて呻く。


「だってさあ。あんなに魅力的で可愛くて、しかも全力でボクのことを大好きだって言ってくれる女の子と二年以上も毎日二人きりだったんだよォ」


 そこで脱力するように肩を落として、


「あそこでエルを選ぶことも選択肢としてあったと思う。けど、ボクの心の中にはメルたちもいて選べなかった。ボクは『いち』が選べなかったんだ。それにジェイクたちだからぶっちゃけるけど、あの世界でエルを選んじゃうと、もう男の欲望が剥き出しになっちゃって、歯止めが全然効かないぐらい凄いことになると思って……」


 自分で言って深々と嘆息する。


「なのにエルはいつも全力なんだよ。もう自分の心を深く見つめ直して、『ぜろ』か『ぜん』かの悟りでも開かないと、とても耐えられなかったんだよォ……」


 と、コウタは本音を吐露した。

 結果的に、コウタは『全』の悟りを開いたということである。

 ジェイクとアルフレッドは思わず唸った。

 まさか、こんな精神の追い込まれ方をするとは――。


「ま、まあ、それはそれでお前さんは遂に覚悟を決めたってことか」


「う、うん……」


 コウタは頷く。


「ご当主さまのことを思うと、申し訳なくて土下座したくなるけど……」


 コウタは顔を上げた。


「けど、それでもボクはメルを愛してる。リノたちもだ。問題は多いだろうけど、ボクはそれでもボクの好きな人たちを全員守りたいんだ」


「……ある意味、清々しい台詞だな」


 ジェイクは、少し呆れたように呟いた。

 アルフレッドも腕を組んで苦笑いを浮かべている。

 そんな二人に、コウタがムッとした表情を見せた。


「そういう二人はどうなのさ」


「……は?」「……え?」


「零号が言ってたよ。ジェイクとアルフにも春が来たとか」


 コウタにそう問われて、ジェイクとアルフレッドはギョッと目を見開いた。

 同時に二人の脳裏に、それぞれ一人の少女の姿が思い浮かぶ。

 アルフレッドが「……ぐうっ!」と胃を押さえた。


「い、いやいや。何言ってんだ? オレっちは別にフランのことなんて――」


「……ぼ、僕にはユーリィさまがいるから……」


 と、二人が言うが、コウタはジト目を向けた。


「いや、ジェイク。シャルロットさんの名前はどこに行ったの? アルフはなんでユーリィさんのことを思い浮かべて胃を押さえてるの?」


 そう尋ねる。

 友人二人は顔色を変えた。


「うん。ボクも二年間の過酷な精神修行で悟りを開いたからね」


 コウタは身を乗り出して問う。


「教えてくれるかな? ジェイクたちの近況をさ」


「……ぐ」


「……本当にキャラが変わってないかい? コウタ」


 思わず顔を強張らせるジェイクと、アルフレッド。

 だが、コウタは容赦するつもりはないようだ。


 かくして。

 親しき少年たちは賑やかな夜を明かすのであった。











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