第二章 御子の凱旋
第449話 御子の凱旋①
その日。
焔魔堂の里において非常に珍しいものが見られていた。
ザワザワと。
住民たちが少しどよめいていた。
それもそのはずだ。
焔魔堂の里の長たち。
焔魔堂十八家の当主たちの内、十七名が揃って里の中を歩いているからだ。
それも、それぞれが家紋を背負った正装。
十数名の護衛もいるため、非常に目立っている。
住民にとっては昨夜の謎の騒動もあり、何事かと騒めいても仕方がない。
だが、困惑もする。
この一行から想像するのは、長老衆が総出で動くような非常事態なのだが、何故か当の長老たちは誰もが穏やかな……そう。安堵したかのような顔をしているのだ。
談笑こそしていないが、まるで長閑な散策のようにも見える。
そんな困惑やざわめきをよそに、長老衆の一行はとある屋敷に向かった。
ムラサメ邸である。
庭園にて護衛たちは待機し、長老衆は屋敷に入っていく。
広い玄関。入り口にて二人の人物が坐して両手をつき、静かに待っていた。
「ようこそ、お出で下さりました」
一人は和装の男性。
歳の頃は四十代前半ほど。肩まで伸ばした灰色の髪が印象的な男性だ。
その背には長老衆同様に家紋を背負っている。
――ライガ=ムラサメ。
この屋敷の主であり、最年少の長老でもあった。
その隣にいるのは十代後半の女性だ。
おっとりとした容姿の美しい和装の女性。
アヤメの姉にして、ライガの妻のフウカである。
ムラサメ夫妻は、共に額から一本角を生やしていた。
「御子さまはいずこに?」
長老衆の一人、ハクダ=クヌギが問う。
「すでにお待ちになられております。こちらへ」
言って、ライガはハクダたちを案内する。
しばらく廊下を歩く。
庭園横の廊下も通り過ぎて、ライガたちは一つの部屋に到着した。
「……御子さま」
ライガは襖の前で頭を垂れた。
フウカは襖の横にて膝をついて控える。
「長老衆一同、ここに」
数瞬の沈黙。
『え、えっと入ってください』
と、お許しが出る。
フウカが襖を開けた。
焔魔堂の十八家の当主たちは次々と入室する。
そこは一際広い部屋だった。
そして上座には彼らの主がおられる。
エリーズ国騎士学校の制服を着た黒髪の少年である。
その傍らには、何故か抜き身の黒い短剣が置かれている。
(……おお)
長老衆はそれぞれ心の中で感嘆する。
我らの主は無事にご帰還されたのだと改めて実感した。
その想いを込めて長老衆は少年の前で膝をついた。
両手を畳の上に、深々と頭を垂れて、
「御子さまにおかれましてはご帰還おめでとうございます」
長老衆を代表してハクダが言う。
「我ら一同、この謁見を心よりお待ちしておりました」
かくして。
主である当の少年自身は苦手とする謁見が始まったのである。
◆
(あ、相変わらず重い……)
一方、長老衆を前にコウタは冷や汗をかいていた。
コウタの主観としては二年ぶりの会合……いや、謁見だ。
久しぶりということもあるが、とにかくこれには慣れない。
(け、けど、頑張らないと……)
ここで彼らの承諾を得なければいけないのだ。
コウタは喉を鳴らしつつ、決意を固める。
「ご心配をおかけしました」
まずはそう告げる。
そして、
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません」
本題を切り出した。
「現在、この里……この屋敷に滞在中の聖アルシエド王国の一行についてです」
コウタは緊張しながら話を続ける。
「すでにご存じかも知れませんが、彼らはベルニカ=サカヅキさんの救出と保護のために来た聖アルシエド王国の騎士たちです」
「……は」
ハクダが頭を下げた。
「それに関しましてはすでに我らでも確認しております」
(良かった。話が早そうだ)
少しホッとしつつ、コウタは「そうですか」と頷く。
「ボクは、彼らのリーダーであるミュリエル=アルシエド第三王女殿下と親交を持ちました。そして互いに対話を望みたいと思っています」
そう告げながら、内心では思う。
(まさか、エルがお姫さまなんて思いもしなかったなあ)
あの世界で二年間も共に過ごした少女。
付き合いの長さではメルティアに次ぐほどになった。
ただ、それだけ長い付き合いである彼女が自分の素性を頑なに明かさなかったのは、確実に面倒ごとになると分かっていたからか。
(う~ん、どうかな? エルは基本的に直感で動く子だからなあ)
面倒ごとを直感で感じ取っていた。
そう考える方が正しい気がする。
ともあれ、エルも今、王女として騎士たちを説得しているはずだ。
対話を成し遂げるためには、コウタもここで頑張らなければならない。
「彼らとは戦闘もあったと聞きます。皆さんには納得のいかれない方もいらっしゃるかもしれませんが、どうか対話をお願いできないでしょうか」
コウタがそう願うと、
「何を仰いますか」
長老の一人が言った。
「我らの意志は御身のご意志でございます。異論などあろうはずもありません」
その台詞に「……は」「その通りでございます」と他の長老衆も告げる。
「そ、そうですか……」
コウタは少し頬を引きつらせた。
相変わらずの忠臣ぶりに肩がず~んと重くなる。
だが、宣言通り彼らに反論はないようだ。
意外にもすんなり話が通りそうだ。
(むしろ、エルの方が大変かな?)
互いに重傷者や死者こそ出ていないが、一戦交えたのは事実だ。
騎士たちを説得する方が難しいかもしれない。
(うん。この後でエルには話を聞こう。それと後は……)
本題があっさり解決したようなのでコウタはもう一つの議題に入ることにした。
まあ、議題というよりも返却だ。
「あの、これなんですけど……」
コウタは傍らに置いていた抜き身の短剣を手に取った。
黒い刀身。蓮華座を思わす鍔。切っ先が小さな手斧のようになっているため、鞘にも納められない短剣である。
「……御子さま? それは?」
ハクダが眉をひそめた。
初めて見るモノだったからだ。
あのような変わった短剣を御子さまは持っておられなかったはず……。
「あ。これは、元々は『焔魔の大太刀』って呼ばれていた剣らしいです」
「……なん、ですと?」
思わぬ名に、ハクダは目を剥いた。
構わずコウタは「……ん」と柄に力を込めた。
途端、黒い刀身が一瞬で伸び、短剣は長剣へと化した。
長老衆は思わず目を見開いた。
コウタは、長剣となった刀身を見つめて双眸を細める。
「えっと、
言って、黒い斧剣に手を添えて前に出した。
「ありがとうございました。多分、元の名前からして皆さんのモノだと思いますので返却しようと思います」
そう告げるのだが、何故だが長老衆から返答がない。
不思議に思うと、全員が目を見開いてた。
「え? あ、もしかして形が変わったらマズかった……」
そんなことを思って少し焦る。
が、不意に、
「……おお……」
誰かが感嘆の声を零した。
そしてそれを皮切りに、
「……なんと」「このようなことが……」「やはりこの御方こそが……」
そんな呟きが次々と聞こえてくる。
そうして、
「やはり御身こそが、我らが御子さまでございます」
ハクダが頭を深々と下げてそう告げた。
他の長老たちも一斉に両手をついて頭を垂れる。
コウタは「え?」と目を丸くした。
「その剣は御身のモノでございます。どうか護身の剣としてお納めください」
長老衆はそう告げる。
(……えええ)
斧剣――
どうやら、何かの確信を抱かせてしまったようだ。
見ると、歓喜なのか肩を小さく震わせている者までいる。
これはもう彼らに「自分は御子じゃない」と言っても無駄だと思った。
(……うわあ、また状況が悪化した……)
渋面を浮かべる。
とにかく圧倒されそうなほどの忠誠心を一身に受けながら、
(やっぱり、これについては根本的に
そう思うコウタであった。
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