第448話 育くむ想い④

「ふわぁ……」


 時を同じくして。

 短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な、体格のいい少年――寝間着の和装から普段の制服姿に着替えたジェイクは、屋敷の廊下を歩いていた。

 隣には同室だった赤い髪の少年――アルフレッドの姿もある。

 彼も普段通りの黒い騎士服姿だった。


「はは。だいぶ眠そうだね。ジェイク」


 と、アルフレッドが言う。

 ジェイクは「まあな」と肩を竦めた。

 次いでボリボリと頭を掻き、


「なにせ昨日は一日中、色々とあったからな……」


「……確かにね」


 アルフレッドは苦笑を浮かべた。


「特に最後の光の巨人は何だったのか……」


「ああ」


 あごに手をやってジェイクは頷く。

 昨夜、突如、森の中に出現した光の巨人。

 あんな超常現象的な存在は初めて見た。


「あれは特に訳が分かんなかったよな。それにコウタの《ディノス》もいきなり空を飛ぶし、コウタ自身は行方不明になっていたと思えば、あの殿下とか呼ばれている甲冑姉ちゃんと仲が良くなってるし」


「あはは。そこら辺は流石コウタって感じだね」


 アルフレッドは朗らかに笑った。

 ジェイクも苦笑を浮かべた。


「あいつのモテっぷりはマジですげえよな。オレっちも少しあやかりたいぐらいだよ」


「まあ、少しはそう思うよね」


 そんな冗談を言い合う少年たち。

 と、その時だった。


「お、おはよう」


 唐突に。

 背後から声を掛けられた。

 二人は振り返った。

 と、そこには二人の少女がいた。

 一人はアルフレッドにも劣らない見事な赤髪の少女。

 豊かな双丘に引き締まった腰。とても十六歳とは思えない見事なスタイルの上にアノースログ学園の制服を纏っている。


 ――アンジェリカ=コースウッド。

 アルフレッドの縁戚であり、幼馴染でもある少女だ。


「おはよう。アンジュ」


 アルフレッドは笑って応える。


「う、うん」


 普段は勝気なアンジェリカは少しそわそわしつつ視線を逸らして、


「お、おはよう。ア、アル君」


 アルフレッドを愛称で呼んだ。

 それだけで、もじもじと指先同士をつつき、頬を朱に染めている。


「……え? アンジュ?」


 いつもと違う幼馴染の様子にアルフレッドは目を瞬かせていると、


「おはようございます。ハウルさま」


 もう一人の少女がそう告げた。

 温和な微笑みを浮かべる綺麗な少女だ。アンジェリカ同様にアノースログ学園の制服を着ている。年齢はアンジェリカと同い年―同級生のはずなのだが、アンジェリカにも劣らないスタイルと高身長が合わさって少し年上に見える。大腿部辺りまで伸ばしたとても長い水色の髪が印象的な少女だった。


 ――フラン=ソルバである。

 伯爵令嬢でもある彼女は、楚々とした姿勢でアルフレッドに頭を垂れた。

 それからジェイクの方に視線を向けて、


「お、おはよう……」


 恥ずかしそうに上目づかいで言う。


「ジェイ君」


「お、おう」


 昨日から彼女に呼ばれるようになったその愛称に、ジェイクは少し気恥ずかしさを感じつつも頭を掻いた。


「おはよう。フラン」


 破顔しつつそう返した。

 一方、フランは「は、はい……」とコクコクと頷いている。

 そのまま沈黙する。

 アルフレッドとアンジェリカも隣で黙り込んでいる。

 気まずいという感じではなく、気恥ずかしさで動けない様子だ。

 二人の少年、二人の少女は、奇妙な空気の中で対峙していた。

 何とも言えない時間が廊下に訪れる。

 ――と、


「ふみゃアアアアアアアアアアアア――ッッ!」


 突然、絶叫が屋敷内に轟いた。

 聞き覚えのある絶叫だった。

 四人とも、声のした方を見つめた。

 少女たちはギョッとしていたが、アルフレッドは頬を指で掻いていた。


「うわあ、これって……」


「まあ、そうだろうなあ……」


 同じく状況を察したジェイクが苦笑いを零した。


「メル嬢ちゃんがいきなりキレたか」


「まあ、どう考えてもコウタ、修羅場っぽかったしね」


 と、少年たちは揃って腕を組んで唸る。

 そうこうしている内にも再び絶叫が轟いた。

 今度はメルティアの雄たけび(?)だけではない。

 リーゼや他の少女たちの声も聞こえてくる。

 いや、声だけではない。

 中には明らかに衝突音のようなモノも聞こえてくる。


「「「「……………」」」」


 四人は再び沈黙した。

 十数秒ほど経つ。

 遠くから聞こえる騒音はますます激しくなっていた。


「まあ、あれだ」


 ややあってジェイクは語る。


「きっと甘えてるんだろうな。ようやくコウタを見つけたんだし」


「……そうだね」


 アルフレッドも言う。


「邪魔しちゃ悪いし、少し時間を潰してから行こうか」


 と、提案する。

 ジェイクは「そうだな」と同意した。

 仲介するのも、巻き込まれるのも大変だと感じていた。

 それに、メルティアたちがコウタに甘えているという発言も、あながち皮肉でも間違いでもないはずだ。


「ええっと、アンジュ」


 アルフレッドが少し緊張した面持ちで幼馴染に尋ねる。


「これから少し庭園でも一緒に散歩しない? 嫌じゃないならでいいけど……」


 こう告げた時、今までのアンジェリカなら「はあ? なんであなたと散歩なんかに付き合わなきゃいけないのよ」と毒を吐くところだが、


「う、うん」


 今のアンジェリカは、素直さが一皮剥けていた。

 遂にあの拗らせを修正したのだ。

 ようやく無意味にウザくなる鎧を脱いだのである。


「……嫌じゃない。行く。アル君と一緒なら」


 そう言って、アルフレッドの袖を指先で掴んだ。

 子供の頃にも見せたことのない素直さだった。

 上目づかいのその顔は少し赤い。


「ア、アンジュ……」


 アルフレッドは目を丸くした。

 全くトゲトゲしさがない。

 アルフレッドの胃を何度も攻撃したあの言葉の刃がない。

 あまりのしおらしさに、アルフレッドの方がギョッとするぐらいだった。

 流石に困惑はするが、それ以上に素直に可愛いと思った。

 アルフレッドは少し緊張した様子で、


「う、うん。じゃあ行こうか」


 そう告げた。

 そうして赤髪の幼馴染たちは、多少ギクシャクした様子で立ち去って行った。

 ジェイクとフランは置いてけぼりである。

 どうも緊張しすぎて周囲が見えていないようだ。


「え、えっと、フラン」


 残されたジェイクたちは互いの顔を見つめた。


「その、オレっちたちも屋敷の散策にでも行くか?」


「う、うん」


 フランはコクコクと頷いた。


「じゃあ行こうぜ」


 ジェイクは手を差し伸べた。

 フランはおずおずとだが、その手を掴んだ。

 そして手をしっかりと繋いだまま、二人も歩き出した。

 今はまだ初々しいが、少しずつ想いが育っているようだ。

 ただ、


「ふみゃアアアアアアアアアアアア――ッッ!」


 絶叫の向こうでも、きっと想いは育っている。

 きっと、そのはずである。









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