第450話 御子の凱旋②

 一方、その頃。


「うむ。以上が私の話だ」


 ミュリエル改め、騎士服姿のエルが部屋に集まった騎士たちにそう告げた。

 ゴルドを筆頭にしたベテラン騎士。

 戦死が危惧されたメンバーも含めて全員が揃った第三王女の親衛隊。

 服装こそ商隊のモノではあるが、全員が短剣を帯刀した騎士たちである。

 上座にて立つエルに対し、一定間隔で整列する彼らの中には、ダイアンやホランの姿もあった。ここにいないのは未だ昏睡状態のガンダルフ=バース司教のみだ。


 そして、


「………その」


 気まずそうにエルの傍らに控える女性騎士が一人。

 旧姓ベルニカ=アーニャ。現在はベルニカ=サカヅキと名乗る女性。

 今回の遠征でその救出を目的にされていた女性本人である。


「申し訳ありません」


 ベルニカは、同僚の騎士たちに頭を下げた。


「この度は私のことでご迷惑をおかけしました。ここまで来てくださった皆さまのご厚意には心から感謝いたします」


 まずはそう謝罪と礼を述べて、


「ですが、私、ベルニカ=サカヅキは、経緯はともあれ、双方の合意の上で、サカヅキ家に嫁ぎました次第です。殿下にも改めて退団を申し出てご承諾いただきました。そのことを何卒ご承知ください」


 そう告げる。

 騎士たちは王女殿下の御前ということで騒めくことはしないが、流石に何とも言えない顔をしていた。特に親衛隊の女性騎士たちは、大きなショックを受けているようだ。

 なにせ、ベルニカは彼女たちの隊長でもある。

 安否を気遣ってようやく探し出した隊長が、いきなり寿退職すると宣言したのだから困惑しても当然だった。

 ベルニカ同様に王女殿下の傍らに控えるメイド服の女性――サリーヌも引きつったような表情を見せていた。


 そんな中、


「殿下。発言よろしいでしょうか」


 ゴルドが手を上げてそう告げる。

 エルは「ああ。許す」と返した。ゴルドは頷きつつ、


「ベルニカ殿のお話は分かり申した。納得のいかぬ者も少なからずいるでしょうが、その件に関しましては、最終的にはベルニカ殿ご自身が決めることであり、我らが口を出すことではないでしょう」


 ベルニカに視線を向ける。

 彼女の眼差しは真っ直ぐだ。

 騎士団にいた頃からあった強い意志は消えていない。

 洗脳の類を受けていては出せない輝きだ。

 彼女は、自分の意志で今の道を選んだのだろう。


「ですが、問題は殿下です」


「……む」


 エルは腰に手を置き、への字口を見せる。

 ゴルドはそんな殿下を見据えて。


「王位継承権の破棄とはいかなるおつもりなのですか。その上、名まで変えられて王家から出奔されるおつもりなど――」


 鋭い眼差しで言葉を続ける。


「やはりあの少年ですか? あの少年、もしや殿下を……」


 流石にその先の言葉は言えない。

 が、騎士たちにも動揺が奔る。親衛隊は何やら泣き出しそうな顔だ。

 それに対してエルは、


「そうだ。この身も心もすでに彼に捧げている」


 まずは、はっきりとそう告げた。

 騎士たちは瞠目し、親衛隊は口元を両手で押さえた。


「私はコウタに負けたのだ。そして彼の女となった。だがそこに後悔も屈辱もない。何故なら私は確信しているからだ」


 そこで咲き誇るような笑みを見せる。


「私のすべてはコウタのためにあったのだと。私は王家を捨ててでも彼の妻となり、彼の子を産む。きっと父上も認めてくれるだろう」


「何を仰います! 陛下がそのようなことを――」


 ゴルドが声を荒らげかけるが、


「何故ならば、コウタは父上よりも強いからだ」


「――なっ」


 思わず言葉を失うゴルド。

 ここまで沈黙していた騎士たちも今の台詞には流石にざわつき始める。


「……姫さま」「そのようなお言葉、いかに姫さまとて……」


 そんな呟きが聞こえてくる。特に長年に渡って王に仕えてきたベテラン騎士たちにとっては、殿下のお言葉とはいえ、到底許容できない発言である。


 と、その時だった。


「――姫さまはッ!」


 親衛隊の一人が叫んだ。

 エルと年齢の近い女性騎士である。


「あの男に騙されているんですッ! 両陛下以外に姫さまが負けるはずがありません! きっとあの男は実力を誤魔化しています! 姫さまは卑怯な手段を使われて――」


 と、言いかけたところで、


「うむ。お前たちが簡単に納得しないことも、そう言う意見が出ることも予想していた」


 エルが手を突き出して制した。

 女性騎士も、他の騎士たちも一瞬沈黙する。


「だからだ」


 その間隙を突くように、エルは言葉を続ける。


「私は、お前たち自身で納得して欲しいと思っている」


「……どういう意味でしょうか? 殿下」


 訝し気に眉根を寄せてゴルドが問う。

 すると、エルは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「要は、お前たちもコウタと仕合ってみるがいい。お前たち自身の手でコウタの実力を確かめてみるのだな」


 一拍おいて、


「すぐに知ることになるぞ。私が言ったことが真実であるということを。そして私が彼にすべてを捧げた理由を」


 そう告げた。

 場は沈黙する。いや、困惑しているというべきか。

 けれど、これはチャンスでもある。

 殿下は意志の固い御方だ。

 一度決断された以上、そう簡単には撤回されないことだろう。

 だが、殿下の目の前で、あの少年の化けの皮を剥がしたとしたら――。


「……よろしいのですか。殿下」


 ベテラン騎士の一人が言う。


「我らは礼節以上に武に重きを置く者たちです。そして、今回の一件には思うところもあります。最悪、あの少年はただでは済みませんぞ」


「構わない」


 エルは即答する。


「コウタが負けるはずがないからな」


「――だったら!」


 親衛隊からも声が上がる。


「その試合、私も参加します!」


 一人がそう叫ぶ。と、


「私もだ! 姫さまはあの男に騙されているんだ!」


「姫さまの純潔を奪ったなんて許せない! ぶっ殺してやるわ!」


 堰を切ったように女性騎士が声を荒らげた。


「……むむ」


 すると、エルは少しジト目になった。


「お前たちも参加するのか。まあ、それも構わないが……」


 そこでベルニカの方に視線を向ける。

 頬を引きつらせながら、発端そのものは自分にあるだけに、何も言えずに状況を見守っていたベルニカが「え?」と目を瞬かせた。


「え? 殿下?」


「……むむむ」


 エルは呻く。

 それからジト目のまま女性騎士たちを睨みつけて。


「お前たちはみな、ベルニカ姉さまの妹のようなものだからな。それぞれ好みや性格は違っていても、揃って自分よりも強い男に弱い気がする。いいか」


 エルは前屈みになって人差し指を立てた。


「負けたからってコウタにときめくなよ。分かったな」


 そんなことを言い放った。

 ベルニカはますますもって顔を引きつらせ、同じく状況を見守っていたサリーヌは額に手を当てて深々と溜息をついた。


 一方、武に生きる乙女たちは、


「何を仰っているのですか!」「そんなことはありえません!」「撤回してください! たとえ姫さまのお言葉でも納得できません!」


 逆鱗に触れたのか、ほぼ全員が声を荒らげていた。

 ただ唯一、


「……………」


 ホランだけは一言もなく覇気のない眼差しをしていたが。

 いずれにせよ、


「さあ!」


 両手を腰に、大きな胸を揺れるほどに張って、エルは意気揚々に宣言する。


「挑みたいのなら挑むがいい! そして私に私のコウタを自慢させろ!」 


 こうして。

 いつものごとくコウタの知らないところで試練が発生したのである。








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