第439話 魔王降臨⑥
――ズズウゥン……。
突如、鳴り響く地響き。
その衝撃に、真っ先に目覚めたのはアルフレッドだった。
次いで、ジェイクも跳ね起きる。
二人は顔を見合わせると強く頷き、休んでいたテントから飛び出した。
木々に覆われた少し開けた場所。
近くには別のテントが二つある。メルティアとリーゼ、零号が休んでいるテントと、アンジェリカとフラン、リノが休んでいるテントだ。
後者のテントからはリノと、少し遅れてアンジェリカが飛び出して来ていた。
メルティアたちのテントからも、零号とリーゼが飛び出していた。メルティアはまだテントの中のようだ。
アルフレッドたちは、すでに合流していた。
今から二時間ほど前のことである。
フランこそ足を痛めていたが、全員が無事だったことにはホッとした。
零号の話では、ここから目的地まではあと数時間の距離だそうだ。
しかし、合流に時間がかかりすぎたことと、フランを休ませたかったこともあり、今日はこの広場で休むことにしたのである。
そしてアルフレッドたちは、互いの状況を確認し合った。
特に行方不明中のコウタについてだ。
『……コウタの奴は、本当によく行方不明になるよな』
と、深々と嘆息するジェイクの台詞が印象的だった。
意外とコウタは、気付けば攫われているケースが多いのである。
そういう星の元に生まれているのだろうか?
ともあれ、コウタに関しては敵の罠を突破してくれることを信じるしかなかった。
直面する自分たちの問題は大きく二つ。
一つは明日の行動に関して。
コウタは現在行方不明中。
このまま里に向かって、アルフレッドたちを受けれてくれるかは少し懸念だった。
だが、話し合った結果、零号の言うところの『焔魔堂の里』には、アイリもいる可能性が高いし、何よりアヤメがいるはずだ。
アンジェリカとフランがいれば、少なくとも対話には持ち込めるだろう。
まずは目的地に到着すること。それを第一にした。
そしてもう一つの問題は、あの商隊に偽装した連中だ。
彼らの話を切り出した時、何故かジェイクとフランが気まずげな顔をしたが、彼らの正体は未だ分からずじまいだった。
零号によると、里には向かっているそうだが、分かるのはそこまでだ。
兎にも角にも警戒が必要だ。
全員の意志をそうまとめて、その日は休むことになった。
だが、眠りについた直後にこの騒ぎだった。
全員が飛び出し、そして唖然とした。
そこには彼らが見たこともないモノが存在していたのだ。
「何よ、
アンジェリカが茫然とした呟きを零す。
他のメンバーも驚いている。豪胆なリノでさえ言葉がないようだ。
だが一人だけ。
実のところ、アルフレッドだけは
目の前にいるその存在は、まるで天を突きそうな大きさだった。
対し、記憶にある
けれど、サイズこそまるで違うが、
(……まさか、
しかし、かつて彼が出遭ったあれは……。
グッと拳を固める。
そして、
「あり得ない。こんな場所にいるはずがないんだ」
森に出現したその姿を見上げて、アルフレッドは呟いた。
◆
時は数分だけ遡る。
森の一角。とあるテントの中。
虚ろな眼差しで、彼女は横たわっていた。
服は着ていない。
くびれた腰も、豊かな乳房も。
すべてを晒して横に倒れていた。
彼女の視線の先には一人の男がいた。
上半身が裸の男。
先程までの情事で満足したのか、いびきをかいて眠り込んでいる。
「…………」
彼女――ホランは、ゆっくりと上半身を起こした。
生気のない瞳で、未だ眠る男――ダイアンを見据える。
(……私は)
つうっと。
一筋の涙が頬を伝う。
……奪われた。
自信も。誇りも。純潔も。
この男に、本当に何もかも奪われてしまった。
(……私は……)
ホランは周囲に目をやった。
そこには脱ぎ捨てられた彼女の服がある。彼女の
あれを手に取り、この男の喉元に突き立てる。
そんな衝動に駆られるが、
……カチカチカチ。
歯が鳴り始める。
どうしてもそれが出来なかった。
もしもまた、あの『世界』に閉じ込められたら。
そう考えると体が動かなくなってしまった。
……勇気さえも。
この男は自分から奪ったのだ。
同じ理由で自決も出来ない。失敗したら怖いからだ。
きっと、この男はまた自分をあの『世界』に――。
歯が鳴るのを止められない。
肩まで震え出し、彼女は強く自分を掴んだ。
(なんで……)
震えが止まらない。
(なんで私だけが……私が何をした。なんで私が……)
ギュッと唇を噛む。
(どうして誰も助けてくれなかったの! あんなに祈ったのに! 助けてって何度も何度も願ったのに! どうして! どうして女神さま!)
肩に指先が強く食い込んだ。
信心深い彼女であるからこそ。
裏切られた。《夜の女神》に見捨てられたという想いが心に刻まれていた。
と、その時だった。
突如、大きな地響きが轟いたのは。
彼女は息を呑んだ。
「な、何だあっ!?」
流石にダイアンも目覚めたようだ。上半身を跳ね上げる。
ホランはビクッと震えた。
しかし、そんな彼女には構わず、ダイアンは上着と短剣を手に取ると、テントから飛び出していった。
ホランは数瞬ほど茫然としていたが、地響きが続くことに、シーツを手に取り、ふらふらと立ち上がった。
シーツだけを肩にかけて、虚ろな表情でテントの外に出る。
外には、すでにダイアンの姿はなかった。
森の奥から「すげえ! 何なんだありゃあ! すげえぜ!」と興奮したあの男の声が聞こえてきた。どうやら別の場所に向かっているようだ。
無気力にその森を見据えていたホランだったが、再び響く振動に顔を上げた。
(……え)
そして大きく目を瞠った。
木々を越えて見える遠く離れた景色。
そこには『神』がいたのだ。
恐らくは、三十セージルにも至る巨躯。
六つの翼と光輪を背負った、黄金の光で象られた巨大なる騎士。
同じく光で造られた神剣を手に、光の騎士が歩を進めているのである。
まさしく女神の使徒。
――そう。ホランが救いを求めた神が、そこにいたのだ。
「……なん、で……」
唖然として口を開く。と、
――ガガガガガガがガガガッ!
突如、大地が鳴動した。
光の騎士の歩く振動ではない。
それは、別の何かが地中を這う振動だった。
その正体はすぐに分かる。
火と岩で造られた三つ首の蛇。それが地中から現れたのである。
しかも三体もだ。
けれど、女神の使徒は歯牙にもかけない。
光の剣を一閃。
ただ、それだけで虚空を切り裂き、離れた蛇どもを両断したのだ。
ホランたちが苦戦した蛇が敵ではない。
圧倒的な神の力だった。
だが、ホランは、
「……どうして」
ギリと歯を鳴らした。
「どうしてお前は今さら現れる!」
その眼差しは、憎悪に染まっていた。
「私の時は助けてくれなかったのに! どうして! どうしてここに現れた!」
涙が零れる。
シーツを掴む手が強く固められる。
「私なんかどうでもいいと! どれほど祈ろうが私など些事にすぎないと! 私の願いなんて聞く必要もないと!」
不満が叫びとなって溢れ出す。
「なんで! なんで! なんでッ!」
彼女は膝をついた。
零れ落ちる涙が止まらなかった。
だが、それでも光の巨人を睨みつけて声を張り上げる。
「お前なんかッ!」
そして彼女は心から
「お前なんか消えてしまえええッ!」
すると、
(…………え)
ホランは気付いた。
誰よりもあの光の騎士を憎み、凝視していたからこそ気付いた。
光の騎士の眼前。
そこにとても奇妙なモノが浮かんでいることに。
何もない虚空から突き出して。
切っ先が手斧のような黒い刃が、宙に浮いているのである。
(あれは……何だ?)
両膝をつき、頬を涙で濡らしたまま、ホランは刃を見つめていた。
まるで彼女の願いを聞き届けたかのように現れた黒い刃を。
異形の刃は、ゆっくりと動き出す。
そして彼女は目撃する。
世界が両断される、その瞬間を――。
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