第八章 魔王降臨

第434話 魔王降臨①

「……ヌウゥ」


 その時。零号は呻いていた。

 ゴーレムでなければ、渋面を浮かべているに違いにない声色だ。

 ――いや、もっと深刻な表情なのかもしれない。


「……零号?」


 メルティアが零号の顔を覗き込んだ。

 心配そうに眉をひそめている。

 ここまで深刻な声を出す零号は、彼女にして初めてみるからだ。


「……機体が不調なのですか? それとも」


 メルティアは両手を胸元に当てた。


「もしかして、コウタに何かがあったのですか?」


 コウタの様子を探ると言って、サザンXとリンクした零号。

 しかし、しばらく沈黙してから再起動した零号の様子は少しおかしかった。

 再起動後にいきなり呻き、どこか酷く焦っているような趣なのだ。

 メルティアでなくても心配になる。

 その場にいるリーゼとリノも、眉根を寄せていた。

 三人の少女に注目される零号。

 彼はしばし沈黙するが、


「……案ズルナ」


 そう告げた。


「……タシカニ、トラブルガ起キタ。ダガ」


 一拍おいて、


「……コウタナラ、大丈夫ダ。必ズ、キリヌケル」


「……やはり敵に遭遇しとったのか?」


 リノが腕を組んで尋ねてくる。

 零号は「……ウム」と首肯した。


「……カナリ想定外ノ敵ダ。ワレモ驚イタ」


「驚く?」


 リーゼが眉をひそめた。


「ただの敵ではなかったのですの?」


 それに対し、零号は、


「……正直、説明シニクイ」


 と答える。


「……カナリ若イ・・ノハワカッタ。シカシ、何故 《奴》ガココニイルノカ……」


「……零号?」


 今度はメルティアが眉根を寄せた。

 前屈みになって、零号と視線を合わせた。


「もしかしてあなたが知っている相手なのですか?」


 直感でそう尋ねる。

 すると、零号は「……ヌウゥ」と呻いた。


「……メンシキハ、ナイ。シカシ、同類ハシッテイル」


 そう前置きしてから、


「……最近デハ、放浪シテイル者ニモ遭遇シタ。ユエニ、マギレコム自体ハ、アリエナイトハオモワナイガ……」


 そこで零号はかぶりを振った。


「……ココデ遭ウノハ、ヤハリ想定外ダ」


「ふむ」


 リノがあごに手をやった。


「お主の話はいまいち要領を得んが、要は、非常にレアで面倒な相手にコウタは絡まれてしまったということなのかの?」


「……ウム。ソウダ」


 零号は頷いた。


「……極メテ身勝手デ、厄介ナ相手ダ。カンケツニ、言ウト」


 零号は、少し神妙な声で告げた。


「……コウタハ、《奴》ノ罠二囚ワレテシマッタ」


「「「―――な」」」


 少女たちの声が重なる。


「コウタが罠にですか!」


 メルティアが零号の肩を掴んだ。


「コウタは無事なのですか! 零号!」


 ブンブンと揺らす。

 零号は「……ウム」と頷いた。


「……大丈夫ダ。罠ト言ッテモ、キケンハナイ。トテモフクザツナ迷宮二、落トサレタトイッタ感ジダ」


「……迷宮ですか?」


 リーゼも腰を落とすと、零号と視線を合わせて尋ねる。


「この森にはそんな遺跡があるのですか?」


「……ソレハ違ウ」


 零号は首を横に振った。


「……リーゼハ、相界陣ヲシッテイルカ?」


「ええ。知っていますわ」


 リーゼは頷いた。それに対し、リノも自分の知識を探った。


「確か、エルサガのとんでもない道具じゃったの。何でも、記憶を利用した仮想世界を創り出すとか……」


 そこまで呟いたところで得心する。


「そうか。コウタは相界陣に囚われたということか!」


「……ソレニ、近イ状況ダ」


 零号は補足する。


「……外部カラ干渉モムリダ。コウタガ、自力デ脱出スルシカナイ」


「……それは、当てはあるのかの?」


 腕を組み、神妙な声色で尋ねるリノに、零号は頷いた。


「……コウタニハ、運モアル。直前二必要ナブキヲ手ニシタ。時間ハカカルガ、コウタナラ脱出デキルハズダ」


 その宣言に、メルティアとリーゼはホッとした表情を見せた。

 が、リノは一人、双眸を細めて。


「……お主は何者じゃ?」


 単刀直入に尋ねた。


「流石に気付くぞ。お主は他のゴーレムたちとは違う」


 その問いかけにリーゼはハッとし、メルティアはキョトンとしていた。


「リノ。それは……」


 零号は他の機体とは明らかに違うことは、リーゼも気付いていた。


「……ワレハ」


 すると、零号は一拍おいて。


「……ワレハ、メルサマノ守護者ダ。ソレ以外ノ何モノデモナイ」


「……零号」


 メルティアが我が子を見つめた。


「……メルサマヲ守ル。メルサマヲ幸セニスル。ソレコソガ、ワレノ望ミダ」


 零号は宣言する。

 リノは、無言で小さな騎士を見据えていた。

 しばしの沈黙。

 そして、


「……まあ、よかろう」


 リノは嘆息した。


「お主に敵意はないのは分かるしの。わらわとしてはコウタと、コウタの大切な者に危害をくわえんのならば追及する必要もないからの」


「……ウム。感謝スル。《妖星》ノ姫ヨ」


 零号は首肯した。

 そして、ガシュンガシュンっと歩き出した。


「……コウタガ戻ルマデ、時間ガカカル」


 振り返り、零号は少女たちに告げた。


「……アルフレッドタチト、合流スル。ソシテ、イソグノダ」


 零号は南方を指差した。


「……焔魔ノ里ヘト」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る