第435話 魔王降臨②

 一方、その頃。

 焔魔堂本殿にて、長老衆の会議が行われていた。

 ハクダ=クヌギを筆頭に、十八人の長老衆が集まっていた。

 広大な板張りの間に、円を描いていて座っている。

 その中には、ライガの姿もあった。


「……そうか」


 ハクダが呟く。


「侵入者の正体は、サカヅキ家の嫁御殿の縁者であったか」


 そう言って、長老の一人に目をやった。

 ――ドウゲン=サカヅキ。

 ヒョウマの父であり、現サカヅキ家の当主である。


「すまぬ。皆の衆よ」


 ドウゲンは拳を付け、頭を下げた。


「まさかベルニカの縁者がこの里まで来ようとは……」


「それはお主の責任ではあるまい」


 長老の一人であるフウゲツが言う。


「嫁獲りをしている限り、いずれこういったことは起きる可能性はあった。これは我らの在り様が呼んだようなものだ」


「うむ。その通りだ」


 ハクダが、あごに手をやった。


「御子さまが遂にお出でになられた以上、これからは嫁獲りに関しても見直さねばならんだろうな。だが、その前にいくつか方針を決めねばならぬ」


 双眸を鋭くする。


「まずは侵入者たちの対応についてだ」


 そこでライガに目をやる。


「捕えた娘御たちは、今はどうしておる?」


「……は」


 ライガは答える。


「我が屋敷に。邸内では自由にさせておりますが、外出は禁じております」


 そこで、ドウゲンに視線を向けて。


「監視は我が部下たち。そして、ヒョウマ殿とベルニカ殿がついてくれております。捕えた六名の内、五名はベルニカ殿のかつての部下である騎士たち。一名は顔見知りのメイドゆえに、現在は大人しく従ってくれているようです」


「……ふむ。虜囚についてはその処遇でよかろう。侵入者たちに関しては、極力武力には頼らず、ベルニカ殿にも協力していただき、対話をすることにしよう。だが……」


 ハクダは渋面を浮かべた。


「御子さまは、未だ戻られておらぬのか?」


 その言葉に全員が沈黙し、神妙な表情を見せた。

 彼らの主が迷いの森にて行方不明になったことは、すでに全員に伝わっていた。


「申し訳ありません」


 ライガが、深々と頭を下げる。


「御子さまのご不在に関しましては、すべて我が不徳の致すところです」


「いや。ムラサメよ」


 同じく長老の一人、オオシロが言う。


「御子さまはご自身の意志で向かわれたのだ。お主の責任ではない」


「その通りだ」


 腕を組み、ハクダも頷く。


「確かに御子さまは尊きお方だ。我らにとって代えがたき主君である。だが、かといって我らの都合で束縛してはならぬ」


「……クヌギ殿」


 ライガは顔を上げた。


「……それにだ」


 一拍おいて、ハクダは二人の長老と視線を交わした。

 オオシロとフウゲツである。

 二人は頷いた。

 ハクダは、長老衆全員に視線を向ける。


「実は、まだお主らに伝えておらぬ事実がある」


「それは一体……?」


 ドウゲンが眉根を寄せた。

 ハクダは「うむ」と頷いてから、


「先程報告があった。奉殿より始祖の大太刀が消えたそうだ」


「「「―――な」」」


 ハクダ、オオシロ、フウゲツの三人以外、全員が目を見開いた。


「それはどういうことだ! クヌギ!」


 長老の一人が語気を荒らげる。


「まさか盗まれたというのか! 我らが始祖の秘宝が!」


 長老たちはざわついた。

 すると、ハクダの代わりにフウゲツが口を開いた。


「落ち着け。盗まれた痕跡はない。奉殿の守り番の報告では、突如、奉殿が鳴動し、大太刀の元へと駆けつけた時には大太刀が転移したそうだ」


 丁度、彼らの目の前でだったらしい。

 と、言葉を続ける。


「……転移だと?」


 長老たちは、眉根を寄せた。


「始祖の大太刀にそのような力が?」


「伝承にはこうある」


 ハクダが語る。


「かつて焔魔さまが戦場で大太刀を手離した時、その名を呼んで自らの手に召喚したと」


「……確かにそうあるが……」


 長老の一人が腕を組んで唸る。


「それは、あくまで伝承の一説だと思っていたのだが……」


「本来、始祖の大太刀は、主君に仕える忠臣なる獣、灼熱の体毛を持つと言われる『護剣獣ごけんじゅう』の体内にて納刀されるモノらしいが――」


 伝承の知識を元に、ハクダは語る。


「焔魔さまはその巨躯ゆえに、大太刀を常に帯刀されておられた。そのため、『護剣獣』も造られなかったと聞く。大太刀を召喚する機会は少なかったのであろう」


「では、転移能力は大太刀本来の能力の一つであると?」


 ライガがそう尋ねる。

 ハクダは「うむ」と頷いた。


「しかし、何故いまその力が発動したのだ?」


 長老の一人が疑問を口にする。と、


「恐らくは、御子さまが戦場に赴かれたからであろう」


 ハクダは答える。


「そもそも、御子さまがこの里にお越しになられた時から、始祖の大太刀は常に脈動していた。そして、御子さまが戦場に立つことによって、自らの意志で主の元へと馳せ参じられたのだと考えられる」


「……そのようなことが……」


「……だが、そう考えればあり得るのか」


 と、長老たちが次々と口を開く。

 ハクダはしばし沈黙していたが、おもむろに、


「御子さまのご不在は不安ではある」


 そう切り出した。

 すべての長老がハクダに注目する。


「だが、いま御子さまの御手には、始祖の大太刀もあるのだ」


「……我らの主が、遂に始祖の剣を……」


 誰かがそう呟いた。

 長老たちは感無量な面持ちで沈黙した。


「……そう。今はご不在であられても」


 訥々と、ハクダは語る。


「御子さまは必ずお戻りになられる。お戻りになるとお約束されたのだ」


 その言葉にライガも含め、長老たちは強く頷いた。

 誰一人、主の言葉を疑う者はいなかった。


「ならば、我らがなすべきことは一つだ」


 ハクダは言う。


「臣下としてこの里を守り、御子さまが愛するお側女役たちをお守りすること。それこそが我らの忠義である。そして――」


 ハクダは、ふっと笑った。


「我らが主を信じ抜き、そのご帰還を待とうではないか」

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