第433話 終焉なる世界⑥

(……はあ)


 コウタは、内心で嘆息した。

 腕の中では、今もエルが甘えている。

 正直、気が気でない。

 彼女は凄い美少女なのだ。

 しかも、胸の大きさにおいてはメルティアやリノも凌ぐぐらいだ。

 そんな子に抱きつかれて落ち着くはずもない。


「……コウタぁ」


 エルが、さらに強くコウタの背中にしがみついてきた。

 最初の頃はまだ照れもあったエルだったが、最近は本当に大胆だった。


「……エル。そろそろ離れて」


「それは命令?」


「お願いだよ」


「や」


 エルはイヤイヤと首を振った。

 コウタは小さく息を吐き、


「……命令だよ」


「うん。分かった」


 今度は、エルは大人しく離れてくれた。

 エルには独自のルールがあるようだ。

 頼み事をする際、『お願い』ではダメな時も『命令』なら聞いてくれるのだ。

 それと甘えている時は、今のように凄く子供っぽくなる。

 そこの切り替えも、彼女のルールのようだ。

 だが、どれだけ甘えている時も、『命令』した時も聞いてくれないことがある。

 それが彼女の素性についてだった。

 彼女の国の話やベルニカさんの話。ここに来た彼女の一団について構成なども詳細に話してくれたのだが、自分の素性だけは語らない。

 本名さえも教えてくれないのである。実は嫌われているのではないかと思ったこともあるのだが、彼女曰く、『それはもう捨てるから』だからそうだ。

 彼女はこの先も『エル』として生きるつもりらしい。

 ここ二ヶ月の、コウタの本気の悩み事だった。


(……なんで決闘受けちゃったのかぁ、ボクは……)


 結局、決闘の重さを軽視していたのは、コウタも同じだったということだ。

 果たして、メルティアたちが知ればこれをどう思うか……。

 それだけは、今から恐ろしかった。


「……コウタ」


 その時、エルが前屈みになって頬を膨らませた。


「どうして昨夜は私を部屋に戻したのだ?」


 不満を口にする。

 実は昨晩、彼女はコウタの寝室に忍び込んだのだ。

 しかし、早くからベッドに潜り込んだのが失敗だった。

 うとうとと眠ってしまい、その結果は――。


「私はもう最初の頃とは違う。とっくに覚悟はしているというのに、いつになったら私に夜伽を命じるのだ?」


「……いや。エル」


 コウタは、額を片手で押さえた。


「それは本当にやめて。君はボクの奴隷じゃないんだよ?」


「何を言うか」


 エルは上半身を起こして、たゆんっと大きな胸を揺らした。


「私はコウタの所有物だぞ。しかも女だ。なら夜伽は当然だろう。あ……」


 そこで、エルは視線を逸らした。


「その、私が以前した宣誓のことを気にしているのか? 確かにコウタの子供は欲しいけど、流石にこんな奇妙な世界で産む気はないぞ」


 私だって何も知らない訳じゃないんだ。

 と、告げてから。


「助産師もいないから子供にとっても危険だしな。その、実はな。少し前に親衛隊たちの話を立ち聞きしたことがあったんだ。世間には事前に服用することで避妊ができる薬があるって。それをこの城に欲しいって願ったんだ。そしたら……」


「――エル!? 生々しいよ!?」


 耳まで真っ赤にするエルに、コウタも赤い顔でツッコんだ。


「そ、その、ううゥ……」


 覚悟を決め、大胆になってきても、根は無垢で純情な少女は呻いて俯いた。


「と、ともかくさ」


 コウタは話題を変えた。壁沿いの無数の武具に視線を移す。


「今日も修練の相手、お願いしてもいいかな?」


「う、うん」


 エルは頷いた。

 そうして壁へと駆け出し、武具を選定した。


「よし。これにしよう」


 今日、彼女が選んだのは大きく刀身が婉曲した双剣だった。

 彼女は武芸百般らしく、日によって武具を変えるのだ。

 エルはコウタの前にまで戻ると、ヒュンっと双曲剣を振った。


「さあ! 今日こそコウタに勝つからな!」


「はは。お手柔らかに」


 意気込むエルに、苦笑を浮かべるコウタ。

 実のところ、この二か月での成長度合いはエルの方が上だった。

 確かに最初の頃は惨敗ばかりのエルだったが、コウタが剣技の虚実を教えると、あっという間に理解した。どうも自分よりも圧倒的に格上な相手と仕合うことがなかった弊害だったようだ。そしてその後は今日までの毎日、コウタと訓練をしていた。

 それも真剣を用いた実戦形式だ。

 その実力は、今やリノにも迫る勢いだった。


(もしかすると、アヤちゃんやリーゼよりも強いかも)


 そんなふうに感じる。

 そういう意味では、彼女がこの世界に来てくれたことは幸運だった。

 一人で修練を積むより、二人の方が上達も早いからだ。


「行くぞ! コウタ!」


 言って、エルが駆け出した。

 コウタの持つ黒剣と彼女の曲剣が交差する!


(よし。斬れないぞ)


 コウタは成長の実感を掴む。

 二か月前なら、曲剣を両断していたはずだ。

 斬るべきモノを選ぶ。切れ味の調整が出来ている証明だった。


(だが、これじゃあまだ足りない)


 世界を斬るなど、まだ遥か先の領域だ。

 コウタは黒剣を振るう。

 エルもまた流れるように双曲剣を舞わせる。

 無数の銀閃が繰り出された。


 ――目指す頂はまだ遠い。

 だが、それでもコウタは諦めない。


(必ず、ボクは帰る)


 ステラクラウンへと。

 メルティアが、大切な人たちが待つ世界へと。

 ――ギンッ!

 エルが二刀を交差させて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 桜色ピンクゴールドの眼差しが、コウタを真っ直ぐ見つめていた。


(そう。エルも一緒に)


 ここで出会った、新たな大切な人と共に。


(ボクらは世界を越えて帰還する!)


 修練場に剣戟音が響く。

 今日も、少年は少女と共に修練を積む。

 いつか、その刃が世界に届くことを信じて――。

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