第七章 終焉なる世界

第428話 終焉なる世界①

 ……――落ちる。

 どこまでも落ちていく。

 そんな感覚を、ぼんやりとした意識でコウタは感じていた。


(……どこまで落ちていくんだろ?)


 そう思った時だった。


「……目ヲサマセ! コウタ!」


 その声にハッとする。

 意識を一気に取り戻す。

 瞳を瞬かせると、眼下に石壁があった。

 いや違う。あれは石畳だ。

 自分は今、地面に向かって落下している!


(――クッ!)


 操縦棍を強く握る。

 ブンッと《ディノス》の両眼が光った。

 竜尾を揺らして上半身を起こす。そして両足から石畳に降り立った。

 ――ズズンッ!

 機体全体が大きく揺れた。

 かなりの衝撃である。相当高い場所から落とされたようだ。

 ともあれ、直面の危機は凌いだようだ。


「……ふう」


 コウタが小さく息を零すと、


「……コウタ」


 後ろに座ったサザンXを経由した零号が声を掛けてきた。

「ああ。零号」コウタは振り返って笑った。


「助かったよ。危なかった」


 しかし、零号はかぶりを振った。


「……イヤ。危機ハマダ、続イテイル」


 そう警告してきた。


「……ソレモ、カツテナイ危機ダ。モウ時間ガナイ。リンクガ、切レル。ソレニ、ココデハ、サザンXモ、サイキドウガ、デキナイ」


「……え?」


 コウタは目を丸くした。


「どういうこと? 零号?」


「……ココハ、閉ザサレタ世界ダ」


 零号は言う。


「……ステラクラウンデハ、ナイ。閉ジコメラレタノダ」


「……閉じ込められた?」


 コウタは周囲に目をやった。

 視界に広がるのは、大きな森だった。

 ただ背後に目をやると城壁があった。

 石造りの巨大な城である。

 どうやら《ディノス》は、その城の一角に落ちたようだ。


「確かに全然知らない場所だけど、閉じ込められたって……」


 そこでハッとする。


「相界陣か!」


 かつて、ジェシカが使用していた異能の道具を思い出す。

 ここは、あの仮初の光景によく似ていた。

 だが、零号はかぶりを振った。


「……アレトハ、次元ガ、違ウ」


 付き合いの長いコウタでさえ初めて聞く神妙な声で告げる。


「……ココハ、ヒトツノ世界ダ。仮初デハナイ」


 零号は、コウタの腕を強く掴んだ。


「……要点ヲツゲル。コウタ。剣ヲツカイコナセ」


「え? 剣って……」


 コウタは、視線を《ディノス》の剣に目をやった。

 黒剣は変わらず愛機の手に握られていた。


「これのこと?」


「……ソウダ」零号は頷く。「……ソノ剣ハ、スベテヲ斬リサク。天モ、地モ、概念モ、世界サエモダ」


 厳かな声で零号は告げる。


「……腕ヲ磨ケ。ツカイコナセ。コウタナラ、デキルハズダ」


 最後の力を込めるように一拍おいて、


「……世界ヲ斬レ。メルサマハ、ウヌヲマッテイル。コウタヲマッテイル。忘レルナ。絶対二、アキラメルナ」


「……零号?」


 コウタは、零号の方へと体を移動させた。

 しかし、零号は、


「……必ズデキル。アキラメルナ」


 最後にそう告げて、ガクンと沈黙した。


「え? 零号!?」


 名前を呼ぶが返事がない。

 零号は、完全に停止したようだ。

 コウタはギョッとした。

 メンテナンス以外でゴーレムの完全停止など初めて見る。

 コウタは、慌てて零号――サザンXの体を揺らすが反応がない。

 やはり完全に沈黙していた。


「……零号。サザンX……」


 流石に、コウタも強い危機感を覚えた。

 これは、本当に過去最大の危機なのかもしれない。


「…………」


 険しい表情で、コウタは前へと向いた。

 零号のことは気になるが、今はこの状況を把握する方が先決だ。

 操縦棍を強く握り、《ディノス》を歩かせる。

 ……ズシン、ズシン。

 視線を忙しく動かして、周囲を警戒する。

 やはり、ここは巨城のようだ。

 広大な森の中に建つ石造りの巨城である。

 ただ、見たところ廃墟ではない。城自体はかなり新しいようだ。

 城壁の所々には篝火も見える。人がいるのだろうか?


(けど、これだけ大きくて豪華な城なのに、警備兵が一人もいない)


 眉をひそめるコウタ。

 どうしても異質さを感じる。

 かつて、相界陣でも覚えた奇妙な違和感だ。


(……やっぱりここは……)


 と、推測を巡らせていた時。


(ッ! あれは!)


 コウタは双眸を鋭くした。

 視線の先。そこには一機の鎧機兵がいたのだ。

 それも知っている機体だった。

 ここに来る直前に戦っていた騎士の機体である。

 ただ、その機体は、ほぼ大破していた。

 四肢が関節部からへし折れ、うつ伏せに倒れ込んでいるのである。


(これは着地に失敗したんだな)


 コウタはそう判断した。

 コウタ同様に、この城に落とされたのなら有り得る結果だ。

 少し警戒しつつ、《ディノス》を近づけさせる。

 視認したところ、胸部――操縦席は、ほぼ損傷していないようだ。

 恐らく、両腕と両足が着地のクッションになってくれたのだろう。

 仮にコウタと同じ高さから落下したのなら、かなり衝撃のはずだが、原型をここまで留めているとは、やはり、相当に頑強かつ強靭な機体だったようだ。


(中の人はどうなったんだ?)


 当然、そこは疑問に思う。

 見る限り、操手が脱出した形跡はない。あの状態では胸部装甲ハッチも開かないので、もしかすると、まだ操縦席に取り残されているのかも知れない。

 ……まあ、落下の衝撃でシェイクされて死亡している可能性もあるが。

 コウタは、ゆっくりと《ディノス》をさらに近づけさせた。

 すると、


『……ひっく、ひっく……』


 何やら声が聞こえてきた。

 多分、操手の声だ。拡声器がONになっているようだ。


『……開かないよォ。暗いよォ、もう狭いのやぁ……』


 そんな声が聞こえてくる。


(……良かった)


 コウタは少しホッとした。

 どうやら操手は生きているようだ。


『えっと、大丈夫ですか?』


 コウタがそう尋ねるが、返答は泣き声だけだった。

 どうも聞こえていないらしい。


『あの、今助けますから』


 届かないと分かっていても、コウタは一応そう伝えた。そして《ディノス》は黒剣を石畳に突き立ててから、白い鎧機兵の肩に触れた。

 ガクンッと揺れ、相手の騎士が『――ひッ!』と声を上げた。


『やあああッ! やあああああッ!』


『お、落ち着いて!』


 想像以上のパニックぶりに、コウタはかなり焦った。

 同時に初めて気づいた。

 どこかぐもっていたような戦闘中の時とは違うこの声。

 相手はたぶん女性騎士だ。


(女の人だったのか)


 コウタは少し驚いた。あの豪快な闘技を思うと結構意外だったが、いずれにせよ、彼女は今パニックを起こしている。

 これは、早く助けなければならない。


(……よし)


 ガゴンッと白い鎧機兵を仰向けに寝かせた。

 このまま胸部装甲ハッチを強引に剥がすことも可能だが、それはきっと凄く怖い。

 コウタは、《ディノス》に両膝をつかせて、操縦席から地面へと降り立った。

 そうして、白い鎧機兵の胸部装甲の周辺を調べた。

 操縦席に取り残されることはよくある話だ。そういうケースを想定して、鎧機兵には緊急用に外部から開口できるスイッチがあるはずだ。


「あ。多分これだ」


 コウタは、脇の部位に鍵の付いた小さなボックスを見つけた。

 これを開ければ、開閉用のスイッチがあるはずだ。


「まずは、これを《ディノス》で壊して……」


 そう思った時だった。

 不意に、ザンッ、と背後から音が聞こえてきたのだ。

 コウタは面持ちを鋭くして反転する。と、


「………………え?」


 パチクリと目を瞬かせた。

 そこには、一振りの剣が石畳に突き刺さっていた。

 見覚えのある剣だった。《ディノス》の黒剣である。

 ただ、その縮尺がおかしかった。


「なんで縮小サイズがあるの!?」


 ――そう。《ディノス》の剣の人間サイズ版がそこにあったのだ。

 しかも《ディノス》の横に突き立ててたはずの剣の姿がないではないか。


「えええ!? まさか小さくなったの!?」


 自分で叫んで、有り得ないことだと思った。

 しかし、アヤメも金棒を小さく出来るので、完全には否定できない。


「……本当に同じ剣なのか?」


 そう呟きながら、コウタは恐る恐る剣を手に取った。

 石畳から引き抜く。

 見ると、やはり切っ先が斧に似た同じ刀身だった。ただ、《ディノス》が持っていた時は大剣サイズだったが、コウタが持つこれは剣腹の細い長剣のようだ。

 いずれにせよ、凄く手に馴染む感じだった。


「……正直、よく分からないけど……」


 この剣の威力はよく知っている。

 コウタは、黒剣の刀身を、ボックスにそっと添えた。

 すると。

 ……この剣は、金属製のボックスを豆腐だとでも思っているのだろうか?

 あっさりと、ボックスは切断できてしまった。

 コウタは何とも言えない表情を見せつつも、開閉スイッチを押した。


 ――プシュウウッ!

 空気音と共に、白い鎧機兵の胸部装甲が開いた。


「――ひゃあッ!?」


 直後、そんな声が操縦席から聞こえてきた。

 コウタは剣をその場に突き立てると、壊れた鎧機兵の足からよじ登り、腰の上辺りにまで移動した。

 そして操縦席を覗き込むと、


「――ひッ!?」


 怯えた悲鳴が上がる。

 一拍おいて、


「……だ、だれェ?」


 そこには完全武装こそしているが、ボロボロと涙を零す女の子がいた。

 年の頃は十七か、十八ぐらいか。

 肩にかからないぐらいの長さの桜色ピンクゴールドの髪に、褐色の肌を持つ少女だった。


「……えっと、もう泣かないで」


 コウタは、怖がらせないように優しく微笑んだ。


「助けに来たから、もう大丈夫だよ」


「ホ、ホント?」


 彼女は涙があふれた瞳でコウタを見つめた。


「うん。ホント」


 そう告げると、彼女は、


「――ふえええええええッッ!」


 いきなりコウタの胸の中に飛び込んできた。


(――ぐはッ!?)


 全身甲冑を着ているとは思えない俊敏さである。

 しかも鎧が重い。もの凄く重い。

 それに加えて足場も非常に悪く、コウタは彼女を抱きしめたまま鎧機兵の上から転がり落ちてしまった。背中を思い切り石畳で打って跳ねた。

 コウタとしては悶絶ものだが、怯え切った彼女は気に掛ける余裕もないようだ。


「……暗いのやだァ! 狭いのも一人もやだァ!」


 そう言って、コウタの背中にしがみついてくる。

 顔立ちは凄く綺麗な少女だ。

 身長もコウタに近いぐらいであって、スタイルもいいのかもしれない。

 疑いもない美少女である。

 男としては役得とも言える状況ではあるのだが……。


(この子もの凄くゴツゴツしてる! 全身がゴツゴツだ!)


 失礼な感想だが、それも仕方がない。

 全身甲冑を着ているのだから、ゴツゴツしているのも当然だった。

 ともあれ、コウタは、


「も、もう大丈夫だから……」


 息も絶え絶えの状態でも、彼女の背中をポンポンと叩くのだった。


 こうして。

 コウタ=ヒラサカと、ミュリエル=アルシエド。

 終焉なる世界にて、運命を共にする二人は出会ったのである。

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