第420話 グッドエンディング➂

 ……ひゅううゥゥ。

 強い風が吹いた。


 その時。

 黄金の少年は、一歩前へと踏みだした。

 場所は変わらず大樹の頂。足を踏み出せば地表へ落下だ。

 だが、彼はそうはならなかった。

 一歩、二歩、三歩……。

 まるで、そこに道でもあるかのように。

 平然と宙へと進んでいく。

 そして一瞬だけ瞳を閉じた。

 瞼の上に砕け散った高台を幻視する。


「……まさかね」


 淡々とした声で呟く。

 瞳を開いたその表情には、一切の色がなかった。


「四方天の仕業ではない。自身が干渉したのか? 一体どうやって?」


 眉をひそめる。


この地ステラクラウンは奴が一度死した世界。その上、《煉獄》の四方天まで揃っている。狭間にいる奴が干渉できるとしたらこの世界が有力ではあったが……」


 推測は出来るが、正しき答えまでは出てこない。


「警戒はした方がいいか。やはり手駒は増やしておこう。けど……」


 そこで、ようやく彼は笑った。


「彼女は何かを見つけたようだね。仕込みを終えたら僕も見に行こうかな」


 言って、さらに宙空を歩き続ける。

 そうして、数歩ほど進んだところで、少年の姿は消えた――。



       ◆



(えっと、誰?)


 一方、その頃。

 コウタはかなり困惑していた。

 唐突に現れた鎧機兵。それは騎士型の機体だった。

 武器は長剣。手甲は武器も兼ねてか鏃のような形状だ。

 鎧装は白が基調で縁取りは赤い。頭部のヘルムには翼の装飾があって、意図は分からないが赤い外套も身に着けている。

 何となく、どこぞの伯爵仮面の愛機を彷彿させる機体だった。

 とは言え、あくまで彷彿させるだけで、その操手はかの伯爵ではない。

 ただ、かなり荒々しく激昂していることは分かった。


『……貴様が』


 どこかくぐもったような、ハスキーな声で白い騎士が言う。


『よくも私の仲間たちを!』


『え、えっと、仲間?』


 一層困惑する。

 仲間も何も、この鎧機兵自体初めて見る相手だ。

 明らかに勘違いされていると感じた。


『えっと、待って。何か誤解しているような……』


《ディノス》が片手を前に突き出して止めようとするが、


『誤解もあるか!』


 白い騎士は聞こうともしない。


『そんな邪悪な機体に乗って何の言い訳する気だ!』


(……おおう)


 思わずコウタは言葉を詰まらせた。

 伝説の魔竜を模した愛機。もはや恒例とも言える指摘だった。


『もはや問答無用! 仲間の仇を討たせてもらう!』


 騎士は聞き耳を持たない。

 そして宣言通り、長剣を手に跳躍した!


(――速い!)


 振り下ろされる長剣。《ディノス》は処刑刀で受け止めようとしたが、

 ――ぞわり、と。

 背筋に悪寒が奔り、コウタは《ディノス》を後方に跳躍させた。

 直後、《ディノス》がいた場所が大きく陥没した。


(……これは)


 コウタは、双眸を細めた。


(剣圧で圧し潰した? いや違う)


 恐らくは恒力だ。莫大な恒力を長剣に纏わせて叩きつけたのだ。


(放出系? いや、むしろ構築系に近いか……)


 恒力は視認することは出来ないが、コウタは経験からそう感じた。

 恐らく今もあの長剣は、物質レベルの圧力を持つ恒力の塊を纏っている。


『――はあああッ!』


 白い騎士が裂帛の気迫を上げた。

 同時に機体が宙に浮き、地を削りながら迫ってくる。

 コウタは軽く驚いた。

 あの機体は、地面に触れていない。

 だが、それでも、こちらに突進してくるのだ。

 咄嗟に横に飛び、《ディノス》は回避するが、

 ――ガガガガガガガガッッ!

 白い鎧機兵は一瞬も止まらず、地面に弧を刻みながら軌道を変えてくる!

 その際も機体は一切地に足を着けていなかった。


(長剣を中心にして恒力の奔流を生み出しているのか)


 そのため、機体自体は宙に浮いているのだ。

 余波だけで地を抉るのだ。恐らく、その一撃は凄まじいだろう。

 だが、不慣れな未熟さや荒々しさを感じる。

 もしかしたら、これは未完成の闘技なのかもしれない。

 少なくとも、今の速度はさほどではない。

《ディノス》は、再び跳躍して突進を回避した。

 白い鎧機兵は『くそッ!』と叫び、また弧を描いて軌道を変えた。


(回避は簡単だ。けど、どうする?)


 コウタは眉をしかめた。

 あの鎧機兵は、莫大な奔流に覆われている。

 下手な攻撃では弾かれてしまう可能性が高い。

 そう思案した時。

 ――ズガンッ!

 轟く雷音!

 突如、白い鎧機兵が地を《雷歩》で蹴りつけたのだ!


(――なッ!)


 コウタは驚くが、考えるより先に《ディノス》を操った。

 処刑刀で長剣を迎え撃つ!

 ――ギィンッッ!

 火花が散った。

 そこからさらに剣戟に移る。二機はそれぞれ斬撃を放った。


 ――袈裟斬り。刺突。胴薙ぎ。

 長剣と処刑刀は、幾度にも渡って衝突した。

 先程の荒々しい闘技から、かけ離れた剣技だった。


 コウタは操縦棍を握りながら驚いた。


(この人、普通に強い!)


 まさに鍛え上げられた騎士の技である。

 一撃も重く、脱力からの斬撃はすこぶる速い。

 基礎を徹底してきたことが分かる実に洗練された連撃だった。


(いや、だったら、さっきまでの動きは何だったんだ?)


 困惑する。

 あまりにも雑な攻撃から一転、洗練された剣技。

 この白い鎧機兵の実力・戦闘スタイルがどうにも読めない。

 まるで二面性でも持っているかのようだ。


(もう少し様子を探ってみるか)


 コウタは双眸を細め、《ディノス》は横薙ぎを繰り出した。

 処刑刀が長剣を弾き、バランスを崩した直後に間合いを取り直した。

 そして、処刑刀を大きく横に構えて。


『――《飛連刃》』


 その呟きと共に、《ディノス》が闘技を繰り出した。

 最も基本的な恒力の刃を撃ち出す闘技だ。

 ただし、一太刀で十数の刃を重ね合わせて撃ち出すコウタの独自闘技である。

 これをどう凌ぐか。

 それで見極めるつもりだったが――。


『こざかしい!』


 白い騎士は、とんでもない真似で返してきた。

 長剣を腰だめに構え、先程まで使っていた恒力の奔流を撃ち出してきたのだ!


(撃ち出せたのか! あれ!)


 まさしく力技だ。《飛連刃》はすべて奔流に呑み込まれる。


(――クッ!)


 咄嗟に《ディノス》は跳躍したが、解き放たれた奔流は長剣に纏っていた時の比ではなかったようだ。完全には回避できず、処刑刀の刀身が呑み込まれた。

 腕をもぎ取られるような衝撃。《ディノス》は柄を離した。

 処刑刀は瞬く間に奔流に巻き込まれ、粉々に粉砕された。

 処刑刀を離さなかったら、《ディノス》も同じことになっていただろう。


(……マズイな)


 コウタは、微かに表情を険しくした。

 様子見で武器を失ってしまった。

 突如、現れた白い騎士。

 どうやら、想像以上に手強い相手だった。

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