第419話 グッドエンディング②

 そうして十分後。

 コウタは《ディノス》に乗って、森の中を疾走していた。

 右腕には、漆黒の処刑刀。

 黒い竜鱗を持つ竜装の鎧機兵・《ディノ=バロウス》。

 二本の角が風を切り、竜尾が流れるように大きく揺れる。

 時折、飛翔するかのような大跳躍も交えた疾走である。

 メルティアたちと、ライガが敵対するかもしれない。

 それをアイリに指摘されたコウタは、すぐさま騎士候補生の制服に着替えると、短剣を手に《ディノス》を呼んだ。

 無論、メルティアたちを助けるためにだ。


『おやめください! 御子さま!』


 当然ながら、焔魔堂の護衛者たちは慌てた。

 アイリ、アヤメ、サザンⅩと共に、庭園にて召喚した《ディノス》の傍で立つコウタの前へと一斉に集まり、膝をついた。

 だが、メルティアの危機だ。コウタが受け入れるはずもない。


『……邪魔する者は許さない』


 コウタは宣告する。

 その声も、その表情も、とても静かだ。

 だが、その圧はまさしく悪竜の騎士のモノだった。

 ここに至るまで常に穏やかだった御子からの異様な圧に、焔魔堂の者たちは奇しくも確信を得た。やはり、このお方は我らの王なのだと。

 なればこそ、彼らも退けなかった。


『万華陣は迷いの陣でございます! せめて護衛と案内役を!』


『ダメだ。護衛や案内役がいると、どうしてもその人にペースを合わせることになる。それに案内ならサザンⅩがしてくれる』


 コウタも受け入れなかった。

 と、その時だった。


『……コウタがいなくなること。里を出ていったら、そのまま帰って来ないかもしれないことが不安なんでしょう?』


 アイリが前に出て、護衛たちにそう告げた。

 護衛たちは言葉を詰まらせた。

 任務に対する使命感もあるが、それ以上にその不安があるのは事実だった。


『……それなら安心して』


 幼い少女は言う。


『……私が里に残るから。ねえ、コウタ』


 アイリは、顔を上げてコウタを見つめた。


『……私を迎えに来てくれる?』


『当然だよ』


 コウタは即答した。次いで、彼女を抱き上げる。


『かなり無茶な速度を出すつもりだから、アイリは連れていけない。けど、メルたちを見つけたら、必ずこの里に帰ってくるから、待っていてくれる?』


『……うん』


 コウタの首筋に抱きついて頷くアイリ。

 それから顔を上げて護衛たちへと視線を向けた。


『……だから安心して。コウタは必ず戻ってくるから』


 そう告げて、微笑んだ。

 幼くとも女神の眷属・《星神》である少女。

 神聖ささえも秘めたその微笑に、護衛たちは息を呑んで魅入った。


『……どうかアイリを守って欲しい』


 コウタが彼らにそう願うと、護衛たちは一斉に頭を垂れた。


『――は! 必ずやお守りいたします!』


 この場を取り締まる者が、そう返した。

 これこそ御子さまからの初めての勅命だった。彼は微かに身を震わせた。

 他の者たちも『――は!』『この身に代えても!』と次々と声を上げる。中には思わずアイリを『必ずや奥方さまを!』と叫ぶ者もいたが、コウタは聞き流した。

 ともあれ、新たな使命を得たことでこの場は収まった。


『……お前は、やっぱり侮れないのです』


 アヤメがアイリの首根っこを掴んで、コウタから引き剥がした。


『アヤちゃん』


 コウタは、アヤメにもお願いする。


『ごめん。アヤちゃんにも、アイリをお願いしたいんだ』


『分かっているのです』


 アヤメは嘆息しつつも、承諾した。


『鎧機兵の扱いに関しては、コウタ君の方が遥かに上なのは思い知っているのです。私でも付いていけません。これもお側女役筆頭の役目として受け入れるのです』


 言って、プランプラン、とアイリを揺らした。


『早く行くのです。彼らの顔を知っている超腐れ義兄さまの方から攻撃をすることはないとは思うのですが、あの箱入り鎧女側からすれば、義兄はただの不審者ですから』


『……あはは』


 コウタは、苦笑を浮かべた。

 が、すぐに表情を改めて。


『じゃあ、行ってくるよ!』


 そう告げて、サザンⅩを後ろに乗せて、《ディノス》を大跳躍させた。

 そうして、サザンⅩの案内に従って、ほとんど直線距離で、メルティアたちの元へと向かっているのである。


「……コウタ! コノママ、マッスグダ!」


「うん! 分かった!」


 後ろに座るサザンⅩの指示に、コウタはさらに《ディノス》を加速させる。

 その姿は、もはや飛翔するドラゴンだ。

 同時にコウタは《万天図》にも意識を向けていた。

 今のところ、反応がない。

 半径三千セージルを探査する《万天図》がだ。

 この森は、想像以上に広大だったようだ。

 この規模はほとんど樹海である。恐らく、街道に出るためには特殊なルートがあるのだろう。もしかすると、焔魔堂の秘術も使用されているのかも知れない。

 強行突破は考え直して正解だったようだ。


(今後のことよりも、今は急がないと)


 コウタは操縦棍を強く握り直した。

 ――と、その時だった。


「――ッ!」


 コウタは、表情を険しくした。

 一点だけ。一点だけ《万天図》に光点が現れたのだ。

 凄まじい速度でこちらへ向かっている。

 しかも、その恒力値は――。


(二万八千ジン!)


《七星》や《九妖星》クラスではないが、それでも強力な出力だ。

 それにこの恒力値に一致する機体を持っている人物は、コウタの仲間にはいない。

 唯一思い当たるのがアルフレッドだが、《七星》である彼の愛機はさらに上だ。

 では、この機体は焔魔堂の人間のモノなのか……。


(……いや)


 自分の推測に、コウタはかぶりを振った。


(アヤちゃんの話だと、焔魔堂の戦闘は《焔魔ノ法》っていう秘術がメインで、そこまで強力な鎧機兵は持っていないって話だ)


 だったら、この機体は何者なのか。

 困惑する間にも、この機体はグングン近づいてくる。

 コウタも相当な速度を出しているのだが、やはりノーマルモードでは出力が違う。

 その上、相手も《ディノス》に向かってほぼ直線距離で向かって来ているので、差は一気に縮まっていった。


(もうじき追いつかれる)


 何者かは分からない。

 それだけに、この相手を引き連れてメルティアの元へは行けなかった。

 ――ガガガガガッ!

 地を砕いて、《ディノス》は停止した。

 比較的に木々が開けた広場を選んだ。じきに相手もここに来るはずだ。

 そうして。

 ――ズガガガガガッッ!

《ディノス》以上の衝撃と土煙を上げて、その機体は到着した。

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