第五章 グッドエンディング
第418話 グッドエンディング①
それは一時間ほど前のことだ。
ムラサメ邸の一室で、コウタは、アイリと共にタツマの相手をした。
とは言え、実際に相手をしているのはほとんどアイリで、コウタとサザンⅩはそんな二人を温かい目で見守っていた。
「だあ! だあ!」
アイリの膝の上で、タツマが満面の笑みを浮かべている。
アイリは微笑を浮かべて、そんなタツマのほっぺをツンツンと突いていた。
何とも微笑ましい光景だ。
と、その時。
「ただいま戻りました」
襖が開かれる。アヤメが戻ってきたのだ。
「あ。お帰り。アヤちゃん」
コウタが笑って言う。
朝は随分と不機嫌だったが、今は機嫌も大分直っている。
不満ではあったが、女の子として好きというのはやはり嬉しい台詞だった。
なので今日のところは許してあげることにしたのだ。
(まあ、どうせ、今夜も襲撃をかけるつもりですから)
許してもらってホッとしたコウタには黙って、そう画策する。
今夜は、もう逃げられないように羽交い絞めにしてやると考えていた。
閑話休題。
「どうも超腐れ義兄さまは里にはいないようです」
アヤメは、コウタに頼まれて調べてきたことを告げる。
コウタは「そっか」と呟いた。
今朝、アヤメの義兄はやや険しい表情で出ていった。
何かしらのトラブルがあったと考えるべきだった。
そして、里にいないということは、里の外でのトラブルということだ。
考えられるとしたら、
(里の外に派遣されている人に何かあったのか、それとも……)
胡坐をかきながら、コウタは双眸を細めた。
恐らくは里への侵入者といったところか。
コウタの直感としては、後者の方が可能性として高いような気がする。
(けど、それを確認する方法は……)
と、頭を捻っていたら、
「超腐れ義兄さまは長老衆の下っ端なのです」
コウタの傍に座ったアヤメが、おもむろにそう告げた。
「里の防衛もあの人の役割の一つなのです。ですから、恐らく迷いの森に誰かが侵入したから出向いたのだと思うのです」
「え?」
コウタは目を剥いた。
「アヤちゃん? それってボクに話していいの?」
「構いません。屋敷の護衛からも裏を取りました。コウタ君」
そこで、アヤメは改めてコウタを見つめた。
「ここに無理やり連れてきたのはごめんなさいなのです。あの時点で里の命に逆らうのは得策ではないと思ったのです。ですが、これだけは知っておいてください」
一拍おいて、彼女は微笑む。
「アヤメは何があってもコウタ君の味方なのです。この里よりも、コウタ君の方が遥かに大事なのです」
「……アヤちゃん……」
コウタもアヤメを見つめた。
すると、
「……うん。そうだね」
その時、アイリがタツマの手を振りながら、口を開いた。
「……その覚悟はよしだよ。これは今までを見てきた私の感想だけど――」
アイリは「……よいしょ」とタツマを横に座らせた。それから、タツマの真似ではないが、『ハイハイ』をしながらコウタのところに向かい、
――ポフンっと。
胡坐をかくコウタの腰にしがみついた。
「え? アイリ?」
コウタは目を瞬かせた。そんな少年をよそに「……よいしょ」とアイリは小さな体でよじ登り、コウタの首に両腕を回した。コウタは反射的にアイリの背中を押さえ、少女は少年の腕の中に納まった。
「……アヤメ」
アイリは、そこから視線をアヤメへと向けた。
「……リーゼが言うところの《悪竜》の花嫁になるには、これまでの何かを捨てないといけないの。リーゼは貴族の誇りと義務を。リノは生きてきた世界。ジェシカって人はこれまでの価値観。メルティアは自堕落な生活かな」
……メルティアだけかなり緩い。
そう呟き、アイリは、年齢不相応な苦笑を零した。
「……………」
一方、アヤメは沈黙していた。
――いや、言葉を発せずにいた。まだ十歳にもなっていないはずの幼い少女が、まるでずっと年上の成熟した女性に見えたからだ。
「……私には何もなかったから。だから、私が捨てたのは諦観だったのかな」
そう言って、アイリはコウタに頬擦りした。
「アイリ?」コウタは少し驚いた顔をしている。
ここまで甘えてくるアイリは珍しいからだ。
「どうしたの? アイリ?」
リーゼやメルティアと離れて寂しいのかも知れない。
コウタはアイリを抱きしめたまま、彼女の頭を撫でた。
アイリは幸せそうに目を細めつつ、再びアヤメに視線を向けた。
「……だからアヤメも合格。故郷を捨てる覚悟があるのなら」
「……とりあえず」
アヤメは立ち上がった。
そしてアイリの首を掴み、ネコのように片手で持ち上げた。
「たぶん私が捨てたのは故郷じゃなくて意地や反感だと思うのです。でも、お前には謝罪しておくのです。お前は幼かったから、他の連中に比べるとかなり侮っていたのです。コウタ君が大きいのが好みでなければ、むしろ危うい相手でした」
「……理解してくれるとありがたいよ」
ブラブラと揺れながら、アイリは微笑んだ。
ここに至ってもキョトンとするコウタをよそに、
「まあ、いずれにせよ、です」
アヤメは、嘆息しつつも宣言する。
「私とこのちびっこいのは何があってもコウタ君の味方ということです」
「……うん。ありがとう。アヤちゃん。アイリ」
コウタは笑った。
それだけで、二人の少女はドキッとしてしまう。
「(……コウタの無邪気な笑顔は反則だよ)」
「(……それは同感なのです)」
やや赤い顔で少女たちは語る。
と、その時だった。
「……ム? ムム!」
不意に、タツマにぺちぺち叩かれていたサザンⅩが顔を上げた。
「……コレハ! コウタ!」
「え? なに?」
コウタが、サザンⅩに視線を向けると、小さな蒼い騎士は立ち上がった。
「……ツナガッタ! アニジャト、ツナガッタゾ!」
「「「え?」」」
コウタ、アヤメ、アイリが目を瞬かせる。
サザンⅩは、両腕を天に突き上げた。
「……
「――ええッ! それって!」
コウタも立ち上がって、サザンⅩの両肩を掴んだ。
「確かゴーレム同士で情報共有できる機能だよね! なんでいきなり?」
「……ソレハ、アニジャガ、アンテナノ、トドクキョリニ、キタカラダ」
「いや、アンテナってなに?」
と、コウタはツッコむが、すぐにハッとする。
「それって要は零号が近くに来ているってこと?」
「……ウム」
サザンⅩは頷いた。
「じゃあ、メルも来てるってことだよね!」
コウタは、ブンブンとサザンⅩの体を揺らした。
零号がいる以上、メルティアも同行しているのは間違いない。
恐らく、ジェイクやリーゼ、リノもだ。
コウタは凄く嬉しくなった。
みんな、自分たちを心配してこんな森の奥にまで探しに来てくれたのだ。
「え? どうやって里の場所を?」
コウタは感動していたが、アヤメは驚いた顔をしていた。
まさか、この場所が知られるとは思ってもいなかったのである。
ただ、そんな中で、アイリだけはさらに先を考えていた。
「……え。それってマズくないかな?」
アヤメにぶら下げられたまま、アイリが言った。
「……このタイミングだと、アヤメのお義兄さんって、メルティアたちを迎撃しに行ったんじゃないの?」
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