第414話 剣王の目覚め②

 宣言通り、先陣を切ったのはミュリエルだった。

 愛機・《ザフィーリス》が地を蹴った!

 雷音も轟く。《雷歩》の加速だ。

 同時に繰り出した長剣は、見事に巨岩の狼の首を両断した。

 ズズンッ、と巨大な首が地に落ちる。

 対し、巨岩の狼たちは一斉に吠えた。四方へと七頭が散開し、まさしく本物の狼のごとく《ザフィーリス》を中心に疾走する。

 そして四角から二頭が同時に飛びかかるが、

 ――ゆらり、と。

 白き鎧機兵が上半身を動かし、巨狼の牙をかわした。

 その上、すれ違いざまに二閃!

 二頭の狼の首を刎ねた。

 瞬く間に三頭。「「やったッ!」」と親衛隊たちが声を上げる。


「流石は姫さま」「まさに剣の女神だわ」


 避難しつつ、次々と賞賛の声を上げた。

 そんな中でダイアンなどは「ふん」と鼻を鳴らしていたが。

 他の三機も見物していた訳ではない。

 一機は互いに牽制しているが、一機は大剣で巨狼の胴体を裂き、別の一機――ホランの愛機が、メイスで岩の頭部を粉砕した。これで残りは三頭だ。

 その三頭の内の一頭も、《雷歩》で加速した《ザフィーリス》の刺突で喉を貫かれて砕け散った。騎士の一人と対峙し、互いを牽制していた巨狼も、援護に入った二機の攻撃の前に崩れ落ちていた。残りは一頭。

 もはや勝敗は決していた。


(……こんなものなのか?)


 愛機の中でミュリエルが思う。

 これが、ミュリエルにとっての初陣だった。

 しかし、何てことはない。

 修練通りに動けば、何の問題もない。

 実戦も模擬戦も、さほど大差がないように思えた。

 正直、かなり拍子抜けな感じがしたが、


(うん。今回は敵も弱かった。何より、きっとこれもお母さまやベルニカ姉さまの指導がいいからだな)


 ミュリエルはそう思うことにした。

 いずれにせよ、あと一頭だ。

 ミュリエルが、早々に決着をつけようとした時だった。



「《焔魔ノ法》上伝。土の章」



 どこからともなく、そんな声が聞こえた。

 優れた聴力持つミュリエルだからこそ聞こえた微かな声だった。

 他の騎士たちは気付いてないようだが、再び声が聞こえる。



「《焔魔ノ法》上伝。火の章」



 男の声だった。


(新たな敵か!)


 ミュリエルが面持ちを鋭くした瞬間、



『我は願い奉る。おいでませ。《三又みまた火蛇おろち》』



 突如、大地が噴き上がった。

 大量の土砂は、巨岩の狼を呑み込んだ。

 騎士たちとミュリエルが唖然とする中、岩石が混じる土砂は形を造り始める。唸りを上げて天を衝き、炎を纏う岩の大蛇と化した。

 三つ首の大蛇。その体躯は巨岩の狼たちよりさらに巨大だった。下手をすれば三十セージル――固有種にも届きうる巨躯である。

 ミュリエルたちは、茫然と蛇の巨躯を見上げていた。

 すると、

 ――シャアアアアアアアアアアアアアアッ!

 三つ首が咆哮を上げた!

 生身の騎士たちはもちろん、鎧機兵たちも硬直する。

 その時、


「――殿下!」


 声を張り上げる者がいた。

 ガンダルフ司教である。


「それこそが敵! 神敵を模した怪物でございます!」


 その声に騎士たちはハッとする。

 おかげでミュリエルを始め、少なくとも硬直だけは解けた。

 すると、

 ――ズンッ!

 鎌首の一つが鎧機兵に体当たりをした。

 一機が吹き飛ばされる。ホランの機体である。


『――ホラン!』


 ミュリエルが叫ぶと、『だ、大丈夫です』と声が返ってきた。

 木にぶつかり、横たわっているが、咄嗟にメイスで防御したようだ。大破まではしていない。ある意味、ガンダルフのファインプレーだった。

 だが、部下を……友人を傷つけられたことには変わりない。

 ミュリエルは、ギリと歯を軋ませた。


『よくもホランを!』


《ザフィーリス》が膝を沈める。

 そして雷音を轟かせて加速する!

 切っ先を鎌首の喉元に向けた渾身の刺突だ。

 ――ズガンッッ!

 長剣が巨岩の蛇の喉元に突き刺さる――が、


『――なっ!』


 ミュリエルは目を見開いた。

 渾身の刺突。

 恐らくベルニカでも、母であっても受け切れない一撃。

 それを受けても、巨岩の蛇の体躯は崩れることはなかった。

 ――シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 ただただ怒りの声を上げて、蛇は鎌首を動かした。

 長剣を持つ《ザフィーリス》ごとだ。


『うわっ! うわあッ!』


 ミュリエルは動揺した。

 一流の戦士ならば、すぐさま剣を手離すところだが、彼女の場合は明らかに経験不足だった。武器を手離すという発想に至らなかったのだ。

 そのため、まるで巨人の手で振り回されるように宙を舞った。


『姫さま!』


 他の鎧機兵が彼女を救い出そうとするが、


『うわあああああああああ―――ッ!』


 その前に、長剣が鎌首から引き抜けてしまった。

 勢いよく《ザフィーリス》が飛ばされてしまう。

 必死に操縦棍を握りしめているが、ミュリエルは完全にパニック状態だった。

 そして、

 ――ドガンッッ!

 姫騎士の鎧機兵は、大樹に叩きつけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る