第415話 剣王の目覚め➂

「……ふむ」


 森の中にて。

 ライガ=ムラサメは、数名の部下と共に侵入者の様子を窺っていた。

 何者かは分からないが、巨狼のトラップ程度ではどうにもならないようだ。

 そこで《三又ノ大蛇》を召喚したのだが、あっさりと戦況は覆った。


「……手強いと思ったのだが……」


 双眸を細める。


 強いといえば、強い。

 でなければ、巨狼の群れに倒されているはずだ。

 しかし、侵入者の中で最も強いと感じていた相手があまりにもお粗末だった。

 武器を手離すのを躊躇って放り投げられるなど、ライガにしてみれば強く叱責したくなるほどの大失態である。

 他の輩にしても褒められたものではない。実戦経験がほとんどないのだろうか。吹き飛ばされた白い鎧機兵を案じてのことだと思うが、明らかに動揺しすぎだった。


「……ムラサメさま」


 ライガ同様に、黒い和装を纏う部下が言う。


「奴らは何者でありましょうか?」


「……分からぬ」


 ライガは率直に答えた。


「だが、目的は恐らく我らの里であろう。そうだな」


 そこで双眸を細める。


「《大蛇》で奴らを蹴散らし、可能な者は捕える。特にあの白い鎧機兵は捕えるぞ。奴らの動揺からしても恐らく指揮官クラスが搭乗しているはずだ」


「「「――は」」」


 部下たちが膝をつき、応えた時だった。


「ッ! ムラサメさま! あれを!」


 部下の一人が指差した。



       ◆



「……おいおい」


 一方、高台の上。

 ジェイクは、眼下の戦いに苦笑を浮かべていた。


「随分と派手に吹き飛んでいったな」


 大樹に背中を預けて倒れている白い鎧機兵を凝視する。

 正直、相当強い鎧機兵だと思った。

 どれぐらいの性能まではまだ分からないが、少なくとも操手は一流だ。

 そう思っていた矢先の失態だ。

 これは苦笑を浮かべても仕方がない。

 アルフレッドたちも、メルティア以外は何とも言えない顔をしていた。


「新兵なのかな? 技量に対して咄嗟の判断が凄くアンバランスだ」


 と、アルフレッドが言う。


「初陣ってことね」


 アンジェリカも苦笑を浮かべた。


「初々しいことだわ」


 そう告げて、新兵を優しく見守るような眼差しを見せるが、実のところ、彼女も鎧機兵での初陣はまだだったりする。どこまでも自信満々なアンジェリカだった。

 ともあれ、彼女はすぐに眉をしかめて。


「まあ、新兵さんはともかく、あれって何なの?」


 眼下には、鎧機兵数機を相手に立ち回る巨大な三つ首の蛇がいる。

 先の岩の巨狼にも驚いたが、あんな怪物は初めて見る。

 流石に警戒をしていると、


「ああ。あれは犀娘の術らしいな」


 アンジェリカの疑問に、リノが答えた。


「「……え?」」


 アンジェリカともう一人、フランが目を剥いてリノを見つめた。

 犀娘とはアヤメのことだ。


「正確には犀娘の一族が使う術じゃな」


 言葉を続けるリノ。


「以前、コウタが犀娘と戦った時にあの術を使われたそうじゃ。ただ術を発動した直後、犀娘は意識を失い、暴走したそうじゃが……」


 リノは、まじまじと炎を纏う岩蛇を観察した。

 高台の下は完全に混戦、パニック状態だった。巨大な岩蛇は襲い来る鎧機兵を次々と吹き飛ばし、その合間に生身の人間を丸呑みしている。

 アンジェリカとフラン、メルティアが「う」と呻くが、


「ふむ。あれは完全に制御されておるな。人間を丸呑みにするのも捕食ではなく捕虜といったところか。恐らく犀娘とは別の術者なのじゃろう」


「ええッ!?」


 アンジェリカが声を張り上げた。


「そうなの!? というより、アヤメってあんなの造れるの!?」


「うむ。コウタからはそう聞いとるの」


 リノは事もなげに言う。

 アンジェリカとフランは、口をパクパクと動かしていた。

 すると、


「……うすうす察していましたが」


 リーゼが、深々と嘆息した。


「コウタさまは、本当にあなたには色々とお話されておられるのですね。改めてメルティア並みに警戒が必要だと感じましたわ」


「む? 今回はあの犀娘の事情が特殊だっただけじゃが、そうじゃな」


 リノは、リーゼを見据えてにんまりと笑った。


「案ずるな。わらわはお主のことは認めておるぞ。コウタの側室としてな。ふむ。現状で順位付けするのならば……」


 指先を折っていく。


「まずはわらわ。次にお主。その後はジェシカ、犀娘、ロリ神じゃな」


 お主は第二夫人じゃ。

 ニカっと笑ってそう告げる。

 リーゼとしては顔を赤くした。無論、狙うは第一夫人ではあるが、強敵に第二位と認められているのは悪くない気分だった。


『……ちょっと待ちなさい』


 一方、気に入らないのはメルティアである。

 なにせ、このニセネコ女は名前さえも挙げなかった。

 着装型鎧機兵の片手を上にあげて、ギシギシと指を鳴らす。


『よくもまあ、この私を差し置いて言えたものです』


「――ふん」


 リノは鼻で笑った。


「幼馴染は屈指の負けフラグじゃ。どう足掻いても結ばれん」


「――ええッ!?」


 リノの宣言に愕然とした声を上げたのは、アンジェリカだった。

 何かを掴むように両手を前に出して、わなわなと震えていた。

 全員の視線が彼女に集中する。


「ええェ? うそォ、うそだァ……」


 と、アンジェリカは瞳をグルグルと回して呟いていた。

 そんな彼女を見やり、


「……ああ~」


 流石に、リノも申し訳ない気分になった。

 彼女が《七星》の第七座と幼馴染であることはリーゼから聞いていた。

 その恋心に関しては、観察していれば一目瞭然だ。


「その、まあ、そのケースもあるだけで絶対ではない……と思う」


 柄にもなくそうフォローを入れた。

 と、その時だった。


「……いや。そんなことよりもだ」


 アルフレッドが、不意に鋭い声を上げた。

 アンジェリカが「ええッ!? アル君ッ!? そんなことッ!?」と涙目になっているが、アルフレッドの視線は眼下のみに向けられていた。

 完全に騎士の顔である。

 隣にいるジェイクもまた真剣な表情を見せている。


「……まだ動けるみてえだな」


 その視線は、白い鎧機兵に向けられていた。

 白い機体は、まるで亡霊のように静かに立ち上がっていた。


「……雰囲気が変わったの」


 リノも、双眸を細めてそう告げた。

 アルフレッドが「うん」と頷く。


「何か嫌な予感がする。少し警戒した方が良さそうだ」


 淡々とした声で、最強の少年は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る