第四章 剣王の目覚め
第413話 剣王の目覚め①
「……どうやら戦闘になりそうだ」
高台の上。
アルフレッドがそう呟く。
眼下では四機の鎧機兵と、奇妙な岩石の狼たちが対峙していた。
アルフレッドは、双眸を細めた。
見たことのない怪物だった。
岩石でありながら、八頭の巨狼は滑らかな動きで間合いを詰めている。
アルフレッドの近くで零号が「……懐カシイ。土ノ章カ」と呟いているが、アルフレッドは眼下に集中していた。
(同等の大きさの魔獣と同格と見るべきか? けど、今は……)
「アルフレッド」
腹部に腕を当てたアンジェリカが口を開いた。
隣に立つフランが心配そうに「あまりキツいのは控えて」と親友に視線を送る。
アンジェリカは髪を片手で払い、
「どうするの? 私たちも鎧機兵を出す?」
「いや、それは時期尚早であろう」
アンジェリカの質問に答えたのは、腰に腕を当てて、崖下を覗き込むように前へと屈み込んでいるリノだった。
「ここで鎧機兵を出せば、わらわたちの居場所が知られよう。ここはまずあやつらの実力を測る方が得策じゃな」
「……ねえ」
少し間を空けて、アンジェリカはリノに目をやった。
「エヴァンシードさん……長いから名前でいいかしら?」
「別に構わんがなんじゃ?」
リノは体を起こすと、アンジェリカに視線を向けた。
すると、アンジェリカは「ええ」と応えて、
「ありがと。私もアンジュでいいわ。じゃあリノ。聞くタイミングがなかったけど、あなたって何者なの? リーゼやオルバン君とは違うわよね?」
一拍おいて、
「まあ、素性の詳細とかは別に教えてくれなくてもいいけど、動きからあなたが強いのは分かるわ。けど、あなたって、もしかして鎧機兵は持ってないんじゃないの?」
言って、まじまじとリノの姿を確認する。
出来れば、アルフレッドには近づけたくないと思うほどの美貌とスタイルを持つ少女だが、蒼いワンピースドレスを身に着けた彼女は、完全に無手のように見えた。
すると、リノは、
「ああ。そうじゃったな」
苦笑して頷いた。
「わらわの愛機は今やない。支部長の座を辞職してコウタに嫁入りした際に、筋として実家に返却したのじゃ」
『え? そうだったのですか?』
それに驚いたのは、意外にもメルティアだった。
眼下をズーム機能で凝視していたが、視線をリノに向ける。
『嫁入りの話は何様かと思いますが、では、あなたは、もうあの魚人モドキを持っていないのですか?』
「何が魚人モドキじゃ」
リノは、ムッとした表情を見せた。
「わらわの《水妖星》は《九妖星》の一機ぞ。馬鹿にするでない」
『魔窟館に帰った際には解体するつもりだったのに、どうして返却するのですか』
「おい。勝手に解体しようとするな」
と、メルティアの言い草に、剣呑な眼差しで返すリノ。
が、すぐに片手で頭をかいて。
「しかし、マズッたの。この場で鎧機兵を持たぬのはわらわだけか。このようなことになるのなら、そこらの量産機でも良いから用意しておけばよかったの」
「いえ、それは仕方がありませんわ」
リーゼが、ポンと柏手を打って微苦笑を浮かべた。
「まさかこのような事態にあるとは予想も出来ませんし」
「鎧機兵を持たねばコウタと相乗りする機会が多くなると思ったのが裏目に出たの」
「……流石は《黒陽社》の社長令嬢。想像以上に強かな方のようですわね」
微笑を浮かべたまま、目だけは笑わないリーゼだった。
一方、メルティアは、グルングルンと着装型鎧機兵の肩を回させていた。
図々しいニセネコ女に、文字通りの鉄拳制裁をするつもりだった。
『そこに直りなさい。ニセネコ女』
「い、いや、まあ、いいじゃねえか」
殺気立ってきた空気を誤魔化すように、ジェイクは笑った。
二人の間に割って入って手で制し、
「ここにはアルフもいるんだぜ。戦力的には充分だろ」
「いや。ちょっと待って。あのさジェイク」
すると、アルフレッドが片手を上げて、少し引きつった顔で言った。
「戦力としてはいいけど、何か今、聞き流しちゃいけないすっごい不穏な固有名詞が幾つも出ていたような気がするんだけど?」
そう尋ねられて、
「……ああ~、そうだよなぁ」
ジェイクは、遠い目をした。
アルフレッドのツッコミはもっともだった。
見事なぐらいに皇国の騎士として見過ごせない固有名詞が満載だった。
「そこら辺、アルフには全然話してねえんだよなぁ。けど、そこはコウタとアイリ嬢ちゃんを取り返して、全員揃ったところでコウタに説明してもらおうぜ」
と、行方不明中の親友に丸投げした。
とは言え、やはりこれはコウタの責任だと思う。
難解な説明を頑張ってもらおう。
「ともあれだ」
ジェイクは、表情を引き締め直して告げる。
「そろそろ戦闘が始まるぞ。奴らを見極めんなら気を引き締め直そうぜ」
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