第396話 御子の使命④

 場所は変わって、ムラサメ邸。

 客室の一室にて、アイリは畳の上に腰を降ろして足を伸ばしていた。

 隣には、同じように座ったサザンⅩの姿もある。


「……そろそろ、コウタ、面会した頃かな?」


「……ウム。ソウダナ」


 アイリの呟きに、サザンXが頷く。


「……コウタ。ズイブント、ニガテ、ソウダッタ」


「……それはそうだよ」


 アイリが言う。


「……コウタは本当に庶民だから。偉い人と会うのは苦手なんだよ」


「……ソウカ?」


 サザンXは、小首を傾げた。


「……イガイト、エライヤツラトハ、アッテルゾ」


「……それは、挨拶程度だよ」


 アイリは嘆息した。


「……こういった改まった舞台が苦手なんだよ。そこが庶民」


「……ムウ」


 サザンXは、腕を組んで唸った。


「……タシカニ、イママデハ、ソレハ、ナカッタ」


「……コウタはまだ社交界デビューもしてないし。けど、私は、これはコウタ二とって、良い機会だと思うよ」


「……ソウナノカ?」


 サザンXがアイリの顔を見て、再び小首を傾げる。

 アイリは「……うん」と頷いた。


「……だって、コウタは、いずれメルティアと結婚して、アシュレイ家の次期公爵さまになるんだよ。社交界なんて、しょっちゅう行かないといけないし、メルティアは社交界ではさぞかしポンコツだろうだから、コウタが頑張らないと」


「……タシカニ、メルサマハ、ポンコツ」


 サザンXは、同意する。

 創造主に対しても一切忖度しないのが、ゴーレムたちである。


「……うん。そうだよ」


 アイリも容赦なく言う。


「……だから、コウタは今から慣れておく方がいいんだよ。けど……」


 アイリは、眉根を寄せた。

 確かに今回の件は、コウタにとって良い経験になる。

 しかし、かなり異例なパターンでもある。

 だから、


「……きっと、今頃、凄く困っているよ」


 アイリは天井を見上げて、そう呟いた。



       ◆



 アイリの直感は的中していた。

 焔魔堂本殿。謁見の間にて、コウタは酷く困っていた。

 上座で正座したまま、ダラダラと汗を流している。

 コウタは若い。まだ少年の身だ。

 だが、これまで潜ってきた修羅場は生半可ではなかった。

 対峙してきたのは、怪物級の戦士ばかり。

 そんな中で、命のやり取りも、すでに経験している。

 実戦経験においては、同年代はおろか、一流の騎士さえも凌ぐだろう。

 けれど。

 そんなコウタであっても、こんな修羅場は知らない。


 どうしてだろう……。

 どうして、こんなことになってしまったのか――。



「御子さま」


 最長老らしき人物――ハクダと名乗った老人が恭しく、その名を呼ぶ。


「我ら一同、御子さまにご拝謁できるこの日を、心待ちにしておりました」


「……………」


 コウタは、何と返していいのか分からない。


「我ら焔魔堂の戦士は、すべて御子さまにお仕えする所存でございます」


 そんなことまで言ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 流石に、コウタも、ハッとして声を上げた。


「その、ボクが『御子さま』っていうのはきっと間違いなんです! ボクは、山村出身のごく平凡な一家の、ごく平凡な次男なんですから!」


「出自は関係ございません」


 他の老人が言う。


「御子さまとは勇猛なる御方おんかたさまに選ばれし代行者でございます。そして……」


 その老人は、視線を最後方にいるライガに向けた。


「そこにいるムラサメは、勇猛なる御方おんかたさまのお声を聞いております。御方さまは仰ったそうです。御身こそが、御方おんかたさまの代行者であらせられると」


「えええッ!? 何それ!?」


 コウタは、思わずツッコんだ。


「ボクって名指しされてたの!? いやいや、その『御方おんかたさま』って、どこかに幽閉されているんですよね!? 声だけは聞こえるんですか!?」


「……私も驚きました」


 ライガが言う。


「伝承においては異界の狭間にて幽閉された御方おんかたさま。されど、あの御方おかたはとある依り代をご使用し、このステラクラウンに、ご意志のみ降臨されておられるのです」


「はい?」


 コウタは目を瞬かせる。


「え? それって体は幽閉されているけど、心はすでに解放されているってこと?」


「その通りでございます」


 頭を垂れて、ライガは答える。

 コウタは、ますます眉をひそめた。


「いや、その、『御方おんかたさま』という人のことはよく分からないのですが、すでに解放されているのなら、ボクって要らなくないですか?」


「何を仰られますか。御子さま」


 今度は、ハクダが言う。


御方おんかたさまは、あくまで依り代でございます。そのお声を賜れることは至上のほまれではございますが、やはり仮初のお姿。ご不自由であることには変わりありませぬ」


 ハクダは、真っ直ぐコウタを見据えた。


御方おんかたさまの完全なる解放。それは我らの悲願にてございます」


「……は、はあ……」


 コウタは、曖昧な返事をした。

 熱意があることは分かるが、どうにも『御方おんかたさま』というのが分からない。

 一体どういう存在なのか……。

 名前だけはアヤメから聞いたが、実態までは分からなかった。


「その『御方おんかたさま』の依り代という人は、今どこにいるんですか?」


 率直に本人に聞いた方がいい。

 依り代かなんだかは知らないが、実在しているのなら会いに行ける。

 そもそも、その人物 (?)こそが、コウタを名指ししたのだから、そちらと話をするのが早いだろう。というより、それこそが重要だった。

 しかし、ハクダたちの回答は、


「分かりませぬ」


 意外なモノだった。

 コウタは「え?」と目を丸くする。


「分からない? 居場所が分からないんですか?」


御方おんかたさまは、わずかにお姿をお見せになった後、再び御隠れになられました」


 と、ライガが言う。


(えええ……)


 コウタは、顔を引きつらせる。

 面倒なことに『御方おんかたさま』はコウタを指名した後、行方不明になっているらしい。

 まさに丸投げだった。


(いや、それはないんじゃないかな……)


 小さな声で「ぐぐぐ……」と呻く。

 本気で困ってしまった。

 今回のこの面会にて、コウタは、自分が『御子さま』ではないと長老衆を説得するつもりだったが、これでは覆しようがない。彼らが信奉する『御方さま』自身が、コウタを指名している以上、彼らの意志で破棄できるはずもないからだ。


(これは『御方おんかたさま』に直接会うまで、ボクは『御子さま』ってことなのか……)


 内心で唸る。

 これは一体どうすればいいのか……。

 本当に悩む。

 これまでとは違う危機に、コウタは眉をしかめるのだった。

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