第五章 隠れ里

第381話 隠れ里①

 焔魔堂本殿。

 そこには今、ライガ=ムラサメを除くすべての長老が集まっていた。

 板張りの広大な部屋。

 長老衆は各家の当主である十八名で構成されるため、ライガ=ムラサメを除くと、十七人もの人間が、その場にいることになる。


 しかし、誰一人、何も語らない。

 湖面のごとく、静かに上座にて座っている。

 中には瞳を閉じて時を待ち、瞑想する者もいる。


 緊迫した空気だけが、部屋を満たしていた。

 と、その時。


「失礼いたします」


 部屋の外。襖の向こうから、声を掛けられる。

 従者の声だ。


「シキモリさまがいらっしゃいました」


「……そうか」


 最長老であるハクダ=クヌギが呟く。


「通してくれ」


「……は」


 そう返事が返ってくると、襖が開かれた。

 そうして部屋に入って来たのは、紺色の和装のアヤメ=シキモリだった。

 アヤメは部屋の中央辺りまで進むと、そこで腰を降ろし、三つ指をついた。


「お側女役。アヤメ=シキモリ。ただいま帰還いたしました」


「うむ。よくぞ戻った。アヤメよ」


 ハクダが言う。

 それから、アヤメの奥を見やる。

 襖はすでに閉められている。これ以上、誰からが来る気配はない。


「ムラサメは不在か?」


「義兄はまだ皇国です。数日後には帰還いたします。私は《空洞くうどう》を使って、先に帰還しましたので」


「そうか」


 ハクダが頷くと、長老衆の一人であるフウゲツが呟く。


「……《焔魔ノ法》極伝・空の章」


 一拍おいて、


「《空洞》。一流の焔魔堂の戦士が複数の者でなければ使えぬ、空間を繋げる秘術か」


 あごに手をやった。


「ムラサメも、思い切った手段を取ったな」


「……その手段を、最終的に受け入れたのは私です」


 アヤメが言う。


「ですので、御子さまにお叱りを受けるのは、私のみとなります」


「「「――ッ!」」」


 アヤメの台詞に、長老衆は息を呑んだ。

 緊張――いや、歓喜にも似た感情が老人たちの表情に浮かぶ。


「御子さまは……尊き御方おんかたは、今どこに御座すのだ?」


「義兄の屋敷に」


 アヤメは、長老衆に目をやった。


「慣れぬ《空洞》の負荷もあり、今はお休みになられております。ただ、《空洞》を使う際に、御子さま以外にも巻き込んでしまった者もおりまして――」


「なに?」


 長老の一人が眉をしかめた。


「部外者をこの里に招き入れたというのか?」


「申し訳ありません」


 アヤメは、頭を下げた。


「その者はまだ十にも満たない少女。ですが、御子さまが妹君のように思っておられる娘です。見目も麗しく、恐らく、将来的には、御子さまのお側女役の一人になるのかと推測しております」


「……御子さまが、自ら選ばれた御側女役候補、ということか」


 面持ちを険しくしていた長老が、少し表情を緩和させる。


「ならば、致し方あるまいな。各々方、異論はないか?」


 と、他の長老衆にも確認を取る。

 ハクダを筆頭に、全員が首肯した。


「御子さまのご意志は何よりも尊い。たとえお側女役でないとしても、御子さまのお身内であるのならば、特例とすべきだろう」


 ハクダが、結論を告げる。

 アヤメは「ありがとうどざいます」と頭を下げた。


「アヤメよ」


 続けて、ハクダは言う。


「御子さまも、唐突なご来訪で困惑されておられることだろう。我らが御子さまにご拝謁するのは、ムラサメが戻ってくるまで待つことにしよう。お前は御子さまが落ち着かれるまで、御方おんかたさまにご奉仕するのだ」


「……は」


 頭を下げたまま、アヤメは承諾する。


「そして、無論分かっておるな」


 ハクダは、アヤメに告げる。


「お前はお側女役だ。その使命。いや、宿願を果たせ」


 一呼吸入れて、


「八代に渡る宿願。先代たちの想いと共に、お前こそが御子さまのご寵愛を賜るのだ。それこそが、お前の最たる役割と知れ」


「……承知しているのです」


 長老の言葉に少し動揺したのか、素の口調が零れるアヤメ。

 緊張からか、微かに体も震えるが、


「もちろんなのです」


 顔を上げ、しっかりと告げた。


「私はお側女役。御子さまに愛される運命の女なのですから」

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