第376話 再会の時➂

 ハウル邸の応接室。

 そこには今、三人の少女がいた。


 アンジェリカ。フラン。

 そしてアヤメの三人である。


 アンジェリカは、大きな胸を支えるように腕を組んで立ち、フランとアヤメはかなり緊張した面持ちで、ソファに並んで座っていた。


「そろそろよね?」


 フランが、そわそわとした様子でアンジェリカに尋ねた。

 アンジェリカは「そうね」と答えた。


「多分、もうじきじゃないかしら。ヒラサカ君たちがすでに帰って来ているのは、間違いないようだし」


 言って、絶世の美貌の上に苦笑を零した。

 アヤメの強い要望で、彼女の想い人との再会の場を設けたのだが、ここまで早く再会することになるとは思ってもいなかった。

 てっきり、エリーズ国にまで赴かないといけないかと考えていたのだが、どうやらヒラサカ君たちはつい先日まで遠い離島の小国にまで出向いていたらしい。

 長年行方不明だったというヒラサカ君のお兄さんに会いに行っていたそうだ。

 しかも驚いたことに、そのお兄さんとは、かの《七星》の一人。それも、今代最強と謳われる《双金葬守》だったとのことだ。


(まあ、ヒラサカ君の実力なら納得のいく話でもあるんだけど)


 アンジェリカは、アヤメに目をやった。

 ヒラサカ君にどうしても会いたい。

 普段はあまり我儘を言わない友人の願いを聞いた形になる今回の話。

 緊張する様子のアヤメを見るのもかなり珍しいことだ。


(ふふ)


 内心でアンジェリカは笑みを零す。


(やっぱりアヤメも女の子なのね。けど)


 アンジェリカは、フランの方に目をやった。

 彼女の緊張ぶりは、アヤメの比ではない。

 背筋はピンと伸ばして、両手は並べて膝の上に。瞳はずっと泳いでいる。

 本当に、ガチガチに緊張していた。


「……今回の再会は、アヤメがメインなのよ」


 アンジェリカは、フランを見つめたまま嘆息した。


「フラン。あなたが緊張してどうするのよ」


「だ、だってェ」


 フランは、どこか泣き出しそうな瞳をアンジェリカに向けた。


「今回はオルバン君もいるんだよ。まさか、こんなにも早く彼と再会することになるなんて思ってもいなくって」


「まあ、確かにね」


 今回は、フランにとっても想い人との再会だ。

 元々緊張しやすいフランが、極度に緊張しても仕方がない。


「けど、もう少し落ち着きなさい。深呼吸でもしなさい。そんなに緊張していたら、上手く喋ることも出来ないわよ」


「う、うん。分かった」


 言って、フランは大きな胸を動かして深呼吸した。

 少しだけ落ち着いてきたようだ。


「アヤメも落ち着いてね」


「……分かっているのです」


 アヤメは、極力感情を抑えたような声でそう答えた。

 やはり彼女の方も緊張を隠しきれていないようだ。


「まあ、二人とも落ち着いて」


 と、アンジェリカが告げた時だった。

 ――コンコン。

 ドアがノックされた、アヤメとフランが肩を震わせた。

 アンジェリカは、ドアを一瞥した。


「いよいよ来たみたいね」


 そう呟くと、ドアの向こうから『アンジュ。僕だよ』と声がした。

 アンジェリカの愛しい少年の声だ。


『入っていいかい?』


「ええ。いいわよ」


 アンジェリカはそう答えた。

 すると、ドアがゆっくりと開かれた。

 アヤメとフランは、さらに緊張するのだった。



       ◆



「まあ! 久しぶりですわね! アンジュ」


 入室して最初に挨拶をしたのは、リーゼだった。

 にっこりと笑みを浮かべる。

 そうして、アンジェリカの手を取った。


「ええ。久しぶりね。リーゼ」


 アンジェリカもリーゼの手を掴み返して、友人との再会に笑みを零す。

 それから、遅れて入ってくる鋼の巨人に目をやった。

 幼馴染ロードを極めた達人プロ。偉大なる我が師マイマスターだ。

 アンジェリカは巨人の前にまで赴き、頭を下げた。


「お久しぶりです。我が師マイマスター


『……いえ。どうして、あなたは私を師と呼ぶのですか?』


 と、鋼の巨人――メルティアが言う。

 応接室には、多くの人が入って来ていた。

 リーゼ、メルティアだけはない。もちろん、コウタにジェイク。アイリ。案内してきたアルフレッドに、零号とサザンXの二機。今回は無関係ではあるが、リノの姿もある。

 リノは室内を見渡すと、すぐに視線をアヤメに固定していた。

 コウタから事前に聞いていた件の犀娘。

 それが誰なのかを、すぐさま見抜いたようだ。

 どうもスタイルが話に聞いていたものと、かなり違う印象を抱くが顔立ち、髪の色から本人で間違いないだろう。


「……なるほどの」


 リノは小さく呟いた。


「これは、確かに合格ラインにはあるのう」


 コウタの正妻として、少女を吟味する。

 緊張した面持ちで、ソファに座ったままの黒髪の少女。

 その美貌。スタイルにおいても申し分ない水準だ。


(……まあ、これならば、わらわの派閥に加えてやるか)


 そう思っていると、件の少女の隣に座っていた背の高い女が立ち上がった。


「オ、オルバン君」


 憂いを帯びた瞳でそう呟く。

 次いで、緊張した動きでジェイク=オルバンの方へと向かった。


「お、お久しぶりです」


「おう」


 対し、ジェイクはニカっと笑った。


「ソルバさんも元気だったか?」


「は、はい」


 ソルバと呼ばれた女は、コクコクと頷いていた。

 リノはピンと来た。

 どうやら、この女の目的はジェイク=オルバンのようだ。

 彼女も中々の美貌だったので、そこは少し安堵する。

 美貌という点では、もう一人の赤毛女のことも気になるが、コウタは、あの女とはほとんど話もしたことがないらしく、あの女自身も、今もギンネコ娘や蜂蜜ドリルとばかり話しているので、特に警戒する必要はなさそうだ。


(やはり警戒すべきは犀娘だけか)


 しかし、そうなると気になるのが、コウタの動きだ。

 実は、コウタは入室してから一度も声を出していない。


(……ふむ)


 犀娘に掛ける第一声に迷っているのだろうか?

 まあ、呼び名については特に念押しもしていたので、犀娘にあの名称を使うことはないと思うが……。

 リノはコウタに視線を向けた、その時だった。


「――アアアア、アヤちあゃんっ!?」


 コウタが、唐突に叫んだ。

 リノはもちろん、その場にいる全員がギョッとした。

 しかし、コウタは一切気にせずに犀娘――アヤメの元へと駆け寄ると、


 ――ぐわしっと。

 両手で、黒髪の少女の両頬を抑えた。


「ど、どうしたの!? アヤちゃんっ!?」


 コウタは、青ざめた顔でさらに叫ぶ。


「ホントにどうしたのさ!? 何があったの!? 体格がもう別人になってるよ!?」


 言って、無意識だろうが、手の力を強めていく。

「うぐゥ」と呻くアヤメの顔は、どんどんへちゃむくれになっていた。


「なにこれ!? アヤちゃん!? これが悩み事だったの!?」


「むぐゥ」


 アヤメは、コウタの両手を掴んで呻くだけだ。

 一方、アルフレッドとアンジェリカ、ジェイクとフランは唖然とし、二機のゴーレムは「……オオ。モチノヨウ」「……ホッペガ、オチル」と呑気に呟いていた。

 そしてメルティア、リーゼ、アイリは――。


「「『……………………』」」


 無言のまま、徐々に表情を消していっていた。

 その変化の様子に、アヤメのことに夢中なコウタはまるで気付かない。

 今も「アヤちゃん!? アヤちゃんっ!?」と叫んでいる。

 リノが事前にした警告も、完全に頭から吹き飛んでいるようだ。


「……おおう」


 思わず額を片手で覆い、天を仰ぐリノだった。

 その傍らで、


「いい加減、離すのですっ!」


「あっ、良かった! いつものアヤちゃんだ!」


 ホッとした声を上げるコウタだった。


 かくして。

 改めて、メルティアたちに存在を認識されたアヤメ=シキモリであった。

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